前身の「芝和英聖書学校」が創立されたのは1898年。120年以上の伝統を誇る三育学院は、2020年、新たな幕開けを迎える。現在、茨城県に校舎を構える北浦三育中学校を三育学院大学がある千葉キャンパスに移転。三育学院中学校と名前を変え、プロテスタント系キリスト教のセブンスデー・アドベンチスト教会の教えを柱に据えた教育をさらに前進させていく。三育学院中学校の校長を務める尾上史郎さんは、自分たちの「全人教育」に揺るぎない自信を抱いている。
忘れられない出来事がある。
三育学院の中学校と高校は全寮制。生徒同士が日々顔を突き合わせて共同生活を送る。2020年に移転設立される三育学院中学校で校長を務める尾上史郎さんは、広島三育学院高等学校の寮で起きた“挑戦”と“事件”と“解決”を、うれしい思い出として記憶している。
「寮では毎朝6時15分に集会があります。早朝なので全員出席が難しくなってくるんですが、全員出席が5日続いたことがありました。私が何げなく黒板に『欠席ゼロ:5日』と書くと、男子寮全体に『全員出席を続けよう』という強い共通認識が浸透し始めたのです」
6日、7日、8日、9日、10日……欠席ゼロの日が続いた。30日を超え、“記録更新”に向けて一体感が強まっていく。だが、ある朝、6時15分を過ぎても高校3年生の一人が姿を現さない。体調でも悪いのか——心配した寮の役員が部屋を訪ねると、当の本人は鏡に向かって熱心に髪形を整えていた。
「お前、何やってるんだよ!」
役員の3年生は、全員が同じ目標に向かっているなかで、自分のヘアスタイルを気にしていた仲間の身勝手さが許せなかった。役員がどれだけ深刻な事態を起こしたのかを真剣に伝えると、最初は事の重大さに気づかなかった遅刻者も顔が青ざめた。
尾上さんは話を続ける。
「髪形を整えていた生徒は、その夜すべての寮室を回って、下級生も含めて一人ひとりに謝っていました。最初は怒り心頭だった役員も、全員に頭を下げる姿を見て思うところがあったのでしょう。『お前の気持ちはみんなに伝わったよ。またゼロから挑戦しよう』と伝えていました。私は仲間を厳しく叱った生徒の姿も、全員に心から謝った生徒の姿も『かっこいいな』と思いました」
尾上さんは、寮生活は自立心と協調性を育む“社会の縮図”だと考えている。年齢や性格が異なる人間の距離が近い場所ではどのみちトラブルが発生するし、だからこそ問題解決力が磨かれる。頭を下げられ「またゼロから挑戦しよう」という言葉で一体感が増した生徒たちは、その後、見事、全員出席の記録を更新した。
「親元を離れて生活できるのか、心配なんです……」
中学校の説明会やオープンキャンパスなどで、保護者にこう相談されると、尾上さんは必ず「12歳の力を信じてあげてください」と伝えるようにしている。
誰かを支える温かい心。多様な世の中で力強く生き抜く力。社会を豊かにする知性。「神に仕え人に奉仕する」というプロテスタント系キリスト教の教えを軸にした空間で実践する「全人教育」によって、生徒たちが総合的に成長していくという確信がある。
寮にあるテレビは1台だけ。スマートフォンの持ち込みは禁止で、共有の電話は3台しかない。6時の起床から21時半の消灯まで、一日の流れは細かく決められている。
「不便」で「不自由」で、さまざまな「不足」という“三つの不”は障壁といっていい。だが、だからこそ生徒たちは仲間と協力したり、自分たちで知恵を絞ったりしながら、どうすれば誰もが快適に過ごせる社会を構成できるのかを模索していく。ともに生きていくうえでの慈愛の心も磨かれていく。尾上さんは胸を張る。
「寮生活は3年生までの縦割りで、4人前後で過ごすかたちが基本です。顔を合わせている時間が長いからこそ、“気づきの力”も育まれていきます。『あの二人の関係がちょっとぎくしゃくしているな』、あるいは『あの子の表情が普段より暗いな』という仲間の微妙な違いを感じ取り、手を差し伸べられるようになる。生徒たちの人間的成長を見るのは、とても気持ちがいいですね」
三育学院が重視する少人数のクラスと寮生活には、社会の構図を肌で感じられる利点がある。小さなコミュニティーだからこそ、互いの性格や得意不得意を深く理解できる。
気配りができる余裕がある上級生は、まだ自分のことだけに集中しがちな下級生に、相手を気づかう心の大切さを伝えてあげる。数学に自信がある生徒は、苦手な同級生や後輩に教えてあげる。ジグソーパズルのピースのように互いの得手不得手を組み合わせながら社会が成り立っていることを知り、「自分ができること」で自分の存在意義に気づくことができる。
寮生活には自習時間が設けられている。夕食と夕礼拝のあとの2時間で、生徒たちは机に向かう。中学も高校も1年生は自習室で先生の指導を受け、2、3年生は理解度に応じた学びを進めるかたちが基本だ。尾上さんは生徒たちの主体性に期待を寄せる。
「理想は宿題のない学校です。英語検定や漢字検定に挑戦する場をこれまで以上に増やし、目標に向かって努力する意識もより高めていきたいと思っています。勉強に関しては、自分で自分に足りない部分が理解でき、能動的に自分がやるべきことに取り組むという状態にしていきたい。そのために授業にもさまざまな工夫を施しています」
各科目とも状況や習熟度に応じて授業を展開している。尾上さんが数学の教師を務めていた際は、主体性を伸ばす意図も込めて、一人ひとりの理解度に応じたテストをつくり、授業中に問題を解く生徒たちに対して、個別に指導を行ったこともある。中学卒業時に高校3年生の数学問題を解けるようになった生徒もいるという。こうした経験から、尾上さんは授業でも自習時間でも“学びのカスタマイズ”により力を入れたいと考えている。
三育学院の礎を築いたのは1896年に来日したウィリアム・グレンジャー宣教師だ。1898年に東京・麻布に開校した「芝和英聖書学校」が原点で、当時から英語教育に力を入れてきた。現在は小学生からネイティブの教師と英語でコミュニケーションをとり、広島三育学院高には他教科も英語で学ぶ国際英語コースが設けられている。英語教育や国際教育に重きを置く伝統も手伝い、大学進学の選択肢は広い。
「三育グループの大学は世界中に存在していますから、海外の大学に進学する卒業生も少なくありません。私たちは『キリスト教学校教育同盟』に所属しているので、この同盟に加入している日本の大学への推薦枠もありますし、三育学院大学で看護師をめざす子もいます」
2018年、三育学院は前身の「芝和英聖書学校」の創立から120周年を迎えた。一世紀を超える歩みにおいて、学校側の喜びは 常に変わらない。尾上さんは柔らかな表情で言う。
「全寮制での日々を通じて豊かな心と知性を身につけ、やがて自分が望んだ社会や広い世界でいきいきと輝く。そんな教え子たちの姿を見るのが私たちの何よりの幸せです」
2020年に移転設立される三育学院中学校は、新たな歴史を刻む場所になる。三育学院でまた、さまざまな成長が濃厚な未来へと向かっていく。
提供:三育学院中学校