安田純平さんとみられる男性の動画の一場面
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 電話を切ったK氏は、思いもしなかったS氏の反応に途方に暮れた。

 S氏は私の取材に対し、「公安調査庁は関連情報を集めるのが業務で、国際機関などがどう動いているのかを知りたかった。救出できるかどうかではなく、IHHの情報を何か聞けるかと思った。K氏が誤解したようで、『お願いされた』と言われてこちらが寝耳に水だった。それでもK氏が『頼まれたから動いた』と言うので無理だろうと思ったが上司に話し、やはり外務省以外は動くなということなのでそのとおりK氏に伝えた」と説明している。

「3年以上も進展がなかった事件でIHHという有力な組織から無償解放の話が来たのだから、そのまま進めることはできなかったのか」との私の問いに、S氏は「お気持ちは分かりますが、邦人保護には外務省以外はタッチできないので」と語るのみだった。

 K氏にとっては“はしごを外された”状態だったが、「IHH本部には自分が連絡したので、S氏が『頼んでいない』と言っているなんて話をIHHにするわけにはいかない」と外務省の電話番号を自分で調べてその日のうちに電話をかけた。

 K氏は外務省邦人テロ対策室に状況を説明し、「2日後にはIHHに引き渡されるが、そのために日本政府の許可がほしいという話です。私が誰なのか分からないだろうから、在日本トルコ大使館に問い合わせてもいい」と打診し、電話口の外務省職員は「上に聞いてみます」と答えたという。しかし3時間ほど過ぎても音沙汰がなく、K氏が再び電話したが「上に聞いてみます」と同じ回答をするだけで、その後も連絡はなかった。

 K氏は「時間がないのに」と困惑しながら当時の在日トルコ大使に電話で事情を説明すると「日本の外務省に聞いてみる」とのことだったが、その後は「大使に電話が繋がらなくなった」という。

 「頼まれて始めた話なのに、なぜ自分がこんなことをしなければならないのか。もうやめようか」とも思ったK氏だったが、「これで本当に解放される可能性があるならできるだけのことをやろう」と考え直し、私の妻の記者会見の報道で隣に立つI弁護士の姿に気づいていたK氏の妻がI弁護士に電話を入れた。ここまでが私の妻が「同意」するまでの経緯である。

 この間、K氏から日本政府の反応を聞いたIHH本部の人道外交担当理事は、「なぜ悪いことでもしているかのように扱われなければならないのか、とがっかりしていた」(K氏)というが、I弁護士が13日午後11時に送った感謝を伝えるメールへの返信では、IHHの過去の解放交渉の実績や後藤さん・湯川さんを救えなかったことを述べ、「そうした経験を経て、安田氏の解放に向けて努力している。拘束者からは、本人の健康状態はよく、何の条件もなく交渉を受け入れると連絡が来ている。すぐに解放されて安全に帰れるよう望んでいる」と記している。

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トルコ大使館が運営するイスラム教礼拝所からの電話