新型コロナウイルス感染症拡大の影響を大きく受けたのが「留学」だ。
大学教育におけるグローバル人材の育成は変革を求められている。
コロナ時代の「グローバル」とは何か。各大学は何にどう取り組んでいるのか。
座談会参加のみなさん
大阪成蹊大学
副学長 経営学部国際観光ビジネス学科 学科長・教授
(2022年4月 国際観光学部(仮称)※
学部長就任予定者)※学部設置届出中、予定であり変更の場合があります。
国枝よしみ さん
関西外国語大学
英語国際学部
教授・教務部長
神田修悦 さん
上智大学
高大連携担当副学長
経済学部 教授
西澤 茂 さん
立命館アジア太平洋大学
教育開発・学修支援センター
教授
近藤祐一 さん
デロイト トーマツ
コンサルティング合同会社
Talent Happiness
マネジャー(マレーシア駐在)
石黒 綾 さん
株式会社
ファーストリテイリング
グローバル人事部 統括部長
安藤和弥 さん
片桐圭子(AERA編集長) この1年半で、オンラインでのコミュニケーションが定着しました。大学のグローバル教育はどう変わってきましたか。
西澤 茂さん(上智大学) 今、私たちの大学では、コロナ禍以前から進めていた海外大学とのオンラインプログラムを活用しています。制限のある交流の中で、学生たちは伝えたいことを英語で簡潔にまとめるスキルが向上しています。テクノロジーとコミュニケーションの両方に長けた、これまでにない⼈材が輩出できるのではないかと期待しています。先日開催したオンラインイベントには、南米やアフリカから参加する方もいました。オンライン化によって、世界を身近に感じられる機会が増えていると感じています。
近藤祐一さん(立命館アジア太平洋大学[APU]) 私たちの大学はコロナ禍で入国できない国際学生(外国人留学生)と国内学生(日本人学生)の交流のために、アクティブラーニングの手法を取り入れたオンライン授業を行っています。そこから見えた課題は、今後どのように学び、どのように人間性をはぐくむか。学ぶ場所や手段が限られても伸びる学生はいますが、出遅れてしまった学生のサポートも、教育の役割のひとつだと考えています。
神田修悦さん(関西外国語大学) 年間約2千人の学生を海外に派遣し、約700人の外国人留学生を受け入れていたのでコロナ禍は打撃でした。現在はオンラインで学生主体の新しい国際交流プログラムを進めています。テーマは語学力の向上やビジネスワークショップなど多岐にわたりますが、非常に盛況で2千人もの学⽣が参加しました。海外留学⽣向けのオンライン授業でも、海外の80⼤学から約700人の学⽣に受講してもらうことができました。これまで受け入れたことがない国からの参加もあり、うれしい驚きです。
国枝よしみさん(大阪成蹊大学) 私たちは1年次にカナダで3週間、3年次に各国で最大8カ月の留学ができる「STEP留学」に力を入れてきました。昨年来、長期間の留学は難しくなり、途中で帰国を余儀なくされる学生が大勢いました。情勢が安定した時に再挑戦できるように、通常の奨学金とは別に、特例として渡航費・授業料などを大学で負担しました。現在はオンラインでの留学や国際交流、海外各国とのオンラインツアーなど新たな学びのカタチが生まれています。
相互理解の鍵は想像力・共感力・傾聴力事
片桐(AERA) 企業ではいかがでしょうか。
安藤和弥さん(株式会社ファーストリテイリング) オンラインでは直接会えないので、対面で話す以上に相手が置かれている状況への想像力、相手の立場に立つ共感力、深く話を聞き出す傾聴力が重要になったと実感しています。
石黒 綾さん(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社) そう感じますね。オンライン会議では雑談がされにくく、時間も小刻みです。限られた時間の中でいかに正確に伝え、相手の気持ちを汲み取り、相互理解に繋げられるかが、とても大切です。
片桐(AERA) オンラインの活用はコロナ禍後も続きますか。
西澤(上智) 続くと思います。オンラインか対面かにかかわらず必要なことが再提示されたとも感じますね。世界での日本の位置づけを知り、海外の人々の考え方や文化を理解することがますます重要になっていきます。本学では今後、一般教養を含めた基盤教育を整備し、国際的に通用する教養を身につけられるよう、入学前から学びの機会を提供していく計画です。
国枝(大阪成蹊) 私たちも手段を問わず、様々な人と交流し自分自身の意見を述べ、しっかり議論できることが大切だと考えています。日常生活には情報が溢れ、学生は受け身になりがちです。世界的な問題について議論できるスキルを身につけるためにも、授業や学内のコンペティション、対外的な研究会で経験を積み、自分の持つ様々な能力に気づく機会が必要です。学生が企業や自治体と一緒に新たな価値創造を考えるプログラムも用意しています。ただ、やはり現地での体験は何ものにも代えがたい。コロナ禍が収束したら、すぐに海外留学も再開したいですね。
留学で得られる体験に代わるものはあるか
片桐(AERA) 留学は貴重で代えがたい体験だという実感があると思います。オンラインなどで、どこまで代替できるのでしょうか。
近藤(APU) 「人と触れ合った時の衝撃をオンラインでどこまで代替できるか」ということをはじめ、本学では海外プログラムの要素をすべて再考し、作り直しました。今は成果を待っているところです。さらにコロナ禍では、「何を教えるのか」という大学の本質的な役割が問われていると思います。視野を大きく広げて考えると「世界市民」を育てることが大学の使命ではないかと考えています。
神田(関西外語) 「世界市民」は、SDGsのような地球規模の課題に挑戦するクリエイティブな人材だと考えます。これまで産業界は経済的な結果ばかり優先してきました。しかし地球上には課題が山積しており、中には人類の存亡に関わる問題もあります。今後は、これらの課題を深く理解し、積極的に世界貢献を目指すマインドセットが必要です。
安藤(ファーストリテイリング)「世界市民」という考え方は重要です。今や情報は瞬時に世界を駆け巡ります。個人の一言が大きな影響を及ぼしかねない時代。世界全体の常識、立場が異なる人々の常識を深く理解する必要があります。
近藤(APU) オンラインでも、対面でも、ニューノーマル時代に変わっても、学生には世界で通用する実力をつけてもらいたいですね。
神田(関西外語) オンラインはあくまでツールのひとつで、どんな内容にするかが重要です。今年度から英語国際学部で新カリキュラムをスタートさせ、「未来創造型グローバル人材」の育成を目指しています。激動の時代を生き抜く創造力や技術改革などの21世紀型スキルを身につける学びです。
2020年に発表されたSDGsの目標達成度の上位は、北欧などヨーロッパ諸国が占める。日本はアジアでは最上位だが前年度から2ランク下がっており、さらなる努力が必要。20位より下の主要国はアメリカが31位(76.4)、中国が48位(73.9)だった。
「Sustainable Development Report 2020」(2020年6月30日)から作成
「世界市民」を目指す今時の大学生の気質
片桐(AERA) 「世界市民」を育てる場に、どんな学生さんたちがいるのか興味が湧きます。
国枝(大阪成蹊) 来年度に開設予定の「国際観光学部(仮称)」の礎になる国際観光ビジネス学科の学生は、航空会社やホテル業界がコロナ禍の影響を受ける中で、流通、小売、金融などの職種にも目を向けて積極的に就職活動に臨んでいます。観光分野で地域活性化を目指す学生、海外での仕事を希望する学生も多いですね。チャレンジ精神もあり、国連世界観光機関(UNWTO)※の「2021グローバルUNWTO学生リーグ」では3、4年生のチームが活躍しています。SDGsのプラスチック削減課題をテーマに、第2関門に進んだところです。
※世界の観光分野における主導的な機関。
近藤(APU) APUの学生には〝雑草力〟があると思います。踏まれても起き上がる、世界のどこででも根が張れる、隣の苗とも共生できる、たくましく生きる力です。入学直後、国内学生は国際学生との交流で必ず打ち砕かれます。国際学生が「総理大臣になりたい」といった野望をどんどん発言し、それまでそんな話をしたことがなかった国内学生はとても驚くのです。やがて両者は協力して、グローバルなネットワークを作り、海外に出て成長する。4年間で何度も壁にぶつかり、崩し、乗り越えていく姿を見せてくれます。
割合が高かった項目を見ると、活動に対して「楽しみ」や「人とのつながり」といった非常に明るいイメージを持っていることがわかる。
国立青少年教育振興機構「『大学生のボランティア活動等に関する調査』報告書」(2020年3月)から作成
神田(関西外語) 本学にはコミュニケーションが大好きで、人間への関心が高い学生が大勢います。コミュニケーション最優先の仕事がしたい、加えて海外で働きたいという学生がとても多い。また社会貢献を目指す学生も数多くいます。SDGsについての意識が高く、コロナ禍前は海外ボランティアに参加する学生数が全国トップクラスでした。起業を目指す学生も増えています。
西澤(上智) 創立当初から、グローバルという言葉が当たり前の環境です。全学部の学生がワンキャンパスに集い、80以上の国と地域から来た留学生も一緒です。本学では、所属する学部の専門教育を受けるだけでなく、他学部の科目も履修できるので、留学生を含め学生間の交流も盛んです。学内のコンテストに理工学部と経済学部の学生がコラボして参加し優勝、自信をつけてYouTube※の動画戦略などのコンサルティング会社を起業した例もあります。コロナ禍でも若い人の機動力、対応力には驚かされます。最近感じるのは、お金のためだけではなく、社会に貢献していると実感できる仕事に就きたいという学生が増えていることです。
※YouTubeは、Google LLCの商標です。
社会貢献と人生を両立するマインドセットへ
神田(関西外語) 確かに学生の社会貢献への意識が高まっていますね。同時に、自分の人生も大切にするという学生が増えています。
片桐(AERA) 今、学生の皆さんを取材すると、社会の役に立ちたいと考えている人がとても多い。すごいことです。
安藤(ファーストリテイリング)社会貢献と自分の人生とのバランスについて、日本の学生の意識が高くなったことに驚きます。こうした若者に、産業界を改革する力になってほしいと思っています。
石黒(デロイト トーマツ) 特に海外だと、就職しても数年で辞めてしまう方も少なくないのですが、世界中に拠点を持つグローバル企業には多様な価値観・働き方を支える「インフラ」があります。その環境の中ではできないことのほうが少ない。自分が会社をどう使いこなすかという観点で、ライフステージも含めた長期的なキャリアプランを考えることが大切です。
国枝(大阪成蹊) 国際的な機関や企業、国内外の地域で様々な経験を重ね、世界や地域の資源をどう磨き、その魅力をどう発信するか、自ら考え進んで行動できる人材を育てていきたいと思います。
石黒(デロイト トーマツ) 日本と海外の垣根はどんどん下がっています。「グローバルはいつも身近にある」ことを理解できるといいですね。
近藤(APU) これから世界はさらに想像を超えたスケールと速度で変わっていくはずです。企業の皆さんにもご意見をいただき、時代の変化をとらえて、私たち大学が若い世代への教育に責任を持っていかなければと感じます。
西澤(上智) 企業と大学が今以上に連携して、共存共栄できればと思います。新しい世界の担い手になる若者を続々と送り出したいですね。
片桐圭子の編集後記
オンラインが一般的になって地球は小さくなった。「世界市民」を実感できる時代になりました。リベラルアーツを重視しはじめた大学と、社会貢献したいと考える若者の出現が、新型コロナウイルス感染症という人類共通の大きな課題を目の当たりにした時、一気に結びついたと思います。私たちの社会はもっともっと変われると、確信を得ることができました。