立場の違う2人が、IBD(炎症性腸疾患)※1とワークシックバランスについて語る対談企画の第1回。潰瘍性大腸炎を抱えながら活動するフリージャーナリストの佐々木俊尚さんと、パラレルワーカーとして多方面で活躍する正能茉優さんに、自分らしい働き方や、仕事と病の両立などについて話を聞きました。
佐々木さん:僕が潰瘍性大腸炎と診断されたのは39歳のころで、もう20年近く経ちます。トイレで下血していることに気づき、ほかに症状もなかったので、痔だと思っていたんです。ところが病院で、「潰瘍性大腸炎です」という診断を受けて驚きました。
正能さん:潰瘍性大腸炎は、どのような病気なのですか?
佐々木さん:本来は自分を守ってくれるはずの免疫が過剰に活性化して、自分の腸の粘膜を攻撃してしまう病気です。大腸に炎症が起きて、下痢や腹痛、血便などが主な症状です。発症する原因は不明で完治することもないため、国の難病に指定されています。診断された当時、病気のことも、難病に指定されていることも知らなかったので、すごく混乱したことを覚えています。
正能さん:病気を発症した当時、会社員としてお勤めされていたんですよね。
佐々木さん:オフィスではデスクとトイレの往復をしていたから、周囲には「なんであんなにトイレ近いの?」と思われていたんじゃないかな。上司や同僚には、恥ずかしくて打ち明けられませんでした。
ただ、会社に黙っていたのは、病人というレッテルを貼られたくなかったという理由もあります。潰瘍性大腸炎は、寛解期(症状のない時期)と再燃期(症状が出ている時期)を繰り返すのが特徴です。寛解期には健康な人と同じように働けますが、周囲には、「365日、病気で具合の悪い人」だと、誤解されているような気がしました。
正能さん:実は私、今日佐々木さんにお会いするまでドキドキしていたんです。
佐々木さん:えっ! なぜですか?
正能さん:国が指定する「難病」の患者さんと伺っていたので、どんな気配りをしたらいいんだろうと……。お会いする前に「潰瘍性大腸炎」を検索してみたのですが、「難病」「完治しない」という言葉も多かったので、自分の中で「難病の人って、こういう人なのかな」という固定観念を作り込んでしまっていました。でも、実際に佐々木さんとお会いして、寛解時は元気だと知ることができ、難病に対する「思い込み」の怖さを感じました。
佐々木さん:「思い込み」だと分かってもらっただけで、今日お会いできてよかったです。僕は難病の患者ではありますが、寛解期には、毎日5キロ走って、筋トレやスクワットをこなし、月に一度は山登りも楽しんでいます。バランスのよい食事も自分で作っていて、たとえばメタボリックシンドロームを抱えた疲れたサラリーマンより、よほど健康だと自負していますよ。
正能さん:私より健康的です(笑)。
佐々木さん:働く人の3人に1人は何らかの病気を抱えている※2といわれているのですが、社会には「病気」と「健康」を明確に分けようとする風潮があります。でも、僕のように寛解期は元気だというケースのほかにも、病名はつかないけれど倦怠感に悩んでいたり、雨が降ると激しい頭痛が起こったりするなど、病気と健康の間のグレーな領域にいる人は多いのではないでしょうか。
※2 厚生労働省 令和元年国民生活基礎調査
正能さん:私は仕事柄、先輩や後輩、先生や自分の学生など、さまざまな立場の人と接しますが、中には、病を抱えて仕事をしている人もいるに違いありません。病気のことを、だれにどこまで伝えるかは本人が決めることですから、「病気があるなら言ってください」と、求めるのも違う気がするし、でも配慮しないのも違う気がする。私たちは、「何らかの病気と向き合っている人が目の前にいるかもしれない」という想像力を身につけ、「伝えたい人が伝えやすい関係をつくる」「伝えてくれたら手をさしのべる」という気持ちでいることが必要だと思いました。
佐々木さん:「支える必要があるときに支える」という認識だけしてもらって、あとは普通に接してくれるのがうれしいです。
佐々木さん:今回のプロジェクトで掲げられている「ワークシックバランス」は、胸に刺さる言葉でした。病気を抱えている人は、その苦しみを理解されないことが多いうえ、カミングアウトした瞬間に、弱者側に追いやられてしまいがちです。“シック”という言葉を「社会にいてはいけない人」にせず、“ワーク”と同等に扱うことに、強いメッセージ性を感じました。
正能さん:私は働き方やキャリアに関する仕事をお受けすることがとても多いのですが、恥ずかしながら「ワークシックバランス」という概念を初めて知りました。これまで、私の中での病気に対するイメージは、「病気=治す」もので、完治という終わりがある認識でしたが、病気は必ずしも治すものではなく、付き合っていくものでもあるんですね。認識を新たにしました。
佐々木さん:僕は、発症してから2年後に出版社を辞めてフリージャーナリストに転身しました。病気になる前からフリーランスになることは決めていたのですが、病気になったことも多少は影響しています。自宅で作業すれば、ある程度自分で仕事の仕方や量をコントロールできて、体調と相談しながら仕事を進められることは確かです。
正能さん:「働く」だけに夢中な人が多かった時代に比べて、令和は、子育てや介護、趣味、学びといった、仕事以外の何かと仕事を両立させる時代になったと思うんです。その「何か」の中には、人生を構成する他の要素と同様に、「病気」も当然あって然るべきだと思います。でも、健康であるときは、なかなかそこに想像力が及ばない。だからこそ、「仕事と病の両立」は当たり前という認識を改めて広めることは大切だと考えます。
佐々木さん:自分らしさを保ちながら仕事をしたいというのは、よく分かります。
正能さん:さらに「パラレルワーカー」としては、「どこの会社に所属しているか」ではなく、「どのような経験をしているか」がより大事な時代になってきているのではないかということも思います。病気を経験されていることも、その人の大きな価値になる可能性があるだろうし、その経験や違いを価値にしていける社会をつくっていきたいですよね。
佐々木さん:病気であることが価値だという発想は素敵ですね。病気だと「かわいそう」という目で見られがちです。でも、病気だからこそ困っている人の気持ちが分かるし、必要とされるアイテムを開発する発想が生まれるかもしれません。企業や社会にとって、私たちの経験こそ、非常に重要な情報かもしれないですね。
正能さん:今回の対談で、病気や難病のイメージが180度変わりました。「仕事と病の両立」って、全然不思議なことじゃないし、当たり前のことですよね。病気と向き合いながら自分らしい柔軟な働き方ができる社会が実現できたらいいし、私もその実現のお手伝いができたらなと思いました。
佐々木さん:僕は、寛解期には潰瘍性大腸炎であることを忘れています。再燃したときは少しつらいけれど、「長い人生、こんなこともあるよ」くらいの気楽さでいようと思ったら、ラクになりました。これからも自分らしく病気と向き合い、仕事と両立させていこうと思います。
5月19日は世界IBDデー。IBDという病気のことを知り理解してもらうための日です。IBDとはたらくプロジェクトは、IBD患者さんの就労をもっともっと当たり前にするために、IBD患者さん自身の働き方について、一緒に考えるオンライン配信イベントを開催します。