病を抱えていることも自分らしさ 症状とうまく付き合いながら自分らしく働く

立場の違う2人が、IBD(炎症性腸疾患)※1とワークシックバランスについて語る対談企画の第2回。クローン病を抱えながら活動するお笑い芸人のお侍ちゃんと、IBDのスペシャリストである小林拓医師に、患者と医師のそれぞれの視点から、寛解維持を目指す重要性や、仕事と病の両立をどう実現するかなどについて話を聞きました。

※1 IBD(Inflammatory Bowel Disease)
免疫の異常により、腸を中心とする消化管粘膜に炎症が起こる慢性の病気の総称。
主に潰瘍性大腸炎とクローン病の2種類があります。寛解期と再燃期を繰り返すことが特徴です。
写真撮影の短い時間以外は常にマスクを着用し、新型コロナウイルス感染症の感染予防を十分に行ったうえで対談を実施しています。

文/内藤 綾子 撮影/スケガワ ケンイチ デザイン/洞口 誠、大内 和樹 企画/AERA dot. ADセクション 制作/朝日新聞出版メディアプロデュース部ブランドスタジオ

お笑い芸人お侍ちゃん
1981年、岩手県生まれ。上智大学在学中に、コンビで芸人活動をスタート。大学卒業後は、ピン芸人として自毛で結ったちょんまげ姿の侍キャラでネタを披露。お笑いライブやテレビ、ラジオなどで活躍中。2019年にクローン病を発病。自身の闘病生活や他のクローン病患者との交流の様子をブログで公開している。

北里大学北里研究所病院炎症性腸疾患先進治療センター(IBDセンター)副センター長小林拓医師
1973年、愛知県生まれ。98年名古屋大学医学部卒業。2012年から、北里大学北里研究所で、新しく炎症性腸疾患先進治療センターの立ち上げに尽力。炎症性腸疾患の治療だけでなく、治療や検査の進歩、原因究明のための研究にも精力的に従事している。「IBDとはたらくプロジェクト」にも開始時から参加。

発熱と激しい腹痛から始まったクローン病

小林医師:クローン病は、小腸や大腸などに炎症が起きることによりびらんや潰瘍ができる、原因不明の病気です。厚生労働省から難病指定も受けています。お侍ちゃんは、どのような症状だったのですか?

お侍ちゃん:急な発熱と、歩けなくなるくらい激しい腹痛から始まりました。大きい病院でCT検査を受けても原因が分からず、そのまま入院したんです。3週間後にクローン病と診断されたときは、やっと治療の方向性が見つかったと、正直ホッとしましたよ。安心が大きくて、難病であることはそれほど気になりませんでした。

小林医師:患者さんの中には、「難病」と聞いてショックを受ける人が少なくありません。治療経過が困難である重病のような印象を持つのでしょう。しかし、難病と診断されても適切な治療をして症状を抑え、健康なときとほとんど変わらない生活を続けている人はたくさんいるんですよ。

ネット情報に振り回されないで

小林医師:ときどき、病気のことをたくさん調べて、インターネットなどの情報に振り回されている患者さんもいるので、間違った情報なら軌道修正するようにしています。
たとえばSNSやブログは、苦労した経緯を聞いてほしかったり、ネガティブな気持ちを吐き出したりするときに書かれることも多いので、体調が良好なときの情報が意外と少ないんです。そのことを説明して、「悲観する必要はありませんよ」と患者さんに伝えています。

お侍ちゃん:僕もブログを開設しているんですが、IBD患者さんからたくさんの質問が寄せられます。IBDとひと言でいっても、症状や対処の仕方は人それぞれ違います。「何を食べたらいいですか?」と聞かれても、その人の症状や経過を知らないし、軽々しいことは言えません。「必ずしも皆さんに当てはまらないのですが、僕の場合は~」という感じで答えるようにして、「○○を食べられます」といった断定した言い方をしないように意識しています。

確実に進歩している治療法。多くの人が寛解維持できる

小林医師:IBDは、寛解期(症状のない時期)と再燃期(症状が出ている時期)を繰り返すのが特徴です。根本的な治療法は見つかっていないものの、IBDの治療は確実に進歩していることを、治療の前線にいて日々実感しています。良好な状態を続ける「寛解維持」を、多くの患者さんができるようになっています。

お侍ちゃん:僕も再燃はしていませんが、ちょっとしか食べていないのに膨満感があったりすると、体からの黄信号だと思って注意するようにしています。
食事制限は、脂質の摂取を1日30g以下にするようにしていますが、慣れればつらいことはありません。健康な体づくりにも目を向けて、整体で骨盤矯正などをして、全身の血の巡りをよくするように心がけています。

小林医師:病気になったことで自身の体ときちんと向き合うことは良いことですね。お侍ちゃんのように、多くの患者さんが食事などの制限をしています。とはいえ理想は、日常生活の制限をなくして病気になる前の生活に戻ることです。さまざまな制限をがんばることが不要になる、それが本当の「寛解維持」だと思いますし、私の目指すところです。

「主治医とよい関係が築けると、体調が安定します」

お侍ちゃん:2カ月に1回は定期健診を受けていて、現在の体調は安定しています。定期健診で心がけているのは、きちんと勉強して主治医に質問することです。「何を食べればいいですか?」ではなく、「○○が食べられないと本に書いてありましたが、僕の場合はどうですか?」などと言えるようにしています。
こちらが前向きに病気と向き合う姿勢を見せると、主治医もより親身になってくれる気がするんです。主治医と良好な関係を築けていると体調が安定するので、IBDには主治医との信頼関係が大事だなぁってつくづく思います。先生はどう思われますか?

小林医師:おっしゃる通りです。信頼関係がないと、医師に治療法をすすめられても患者さんは「本当に大丈夫?」と半信半疑になり、体調の変化を報告してくれない、薬を服用したフリをするなどということがあり、寛解維持は難しくなります。長期的な寛解維持を目指すのがIBD治療の重要な視点なので、医師と患者さんの信頼関係は欠かせません。私もお侍ちゃんのように何でも気軽に話してもらえるように、患者さんには「何か気になることはありませんか?」と声をかけるようにしています。

「不安な仕事は断っていい」会社の言葉に救われた

お侍ちゃん:主治医や会社にも相談してクローン病のことを公表したら、「実は私も病気なんです」と言われることが増えて、多くの人が病気を抱えても言わなかっただけなんだと分かりました。「IBDとはたらくプロジェクト」で、働いている人の3人に1人は病気を抱えている※2ことを知り、納得です。
※2 厚生労働省 令和元年国民生活基礎調査

小林医師:お侍ちゃんは、どのように仕事と病を両立させているんですか?

お侍ちゃん:食に関する仕事は避けるほか、スタッフさんから「危ないかもしれませんね」と気を使われてできない仕事もあります。最初は会社に対して申し訳ないという気持ちが強かったのですが、「不安な仕事なら断っていい」と言われて、「できる仕事でがんばろう」と、会社の理解ですごく救われました。

小林医師:その人の病状と職場にもよりますが、お侍ちゃんのように、職場にカミングアウトして、働き方を一緒に考えてもらえるといいですね。会社に産業医がいるなら相談することもおすすめです。

日本中に浸透してほしい「ワークシックバランス」

お侍ちゃん:僕は、「がんばれる部分は全力を尽くすから、難しい部分だけ手をさしのべてほしい」というスタンスです。僕と会社がお互いに半歩ずつ歩み寄れば、一歩前進して生産性は向上するはずです。今回のプロジェクトの「ワークシックバランス」という言葉は、病気とうまく付き合いながら仕事と両立させようというメッセージだと聞きました。日本中に、ぜひ浸透してほしいですね。

小林医師:医師の多くは、つい「シック」にばかり注目しがちです。しかし、私は最初の診察で仕事や趣味など幅広く話を伺い、「ワーク」にも目を向けるようにしています。治療法を選択するときも、患者さんの仕事を含めた日常生活に目を向けて、続けやすいものを一緒に考えていきたいと思っています。患者さんに自分らしく過ごしていただくために何ができるかを、幅広い視点で考えることが必要なんです。

病気で環境は一変したが、マイナスばかりじゃない

お侍ちゃん:病気になって、僕の「ワーク」は大きく変化しました。できない仕事は増えたけれど、IBD関連の仕事との出会いもあり、新しい道が開けたと思っている部分もあります。IBD患者仲間との交流で、教わることもたくさんありました。だから病気によって環境が変化した人たちにも、「マイナスばかりじゃない」と言いたいです。

小林医師:病気を抱えていることも、自分らしさの一部です。仕事と病の両立を実現することは、自分らしい生き方につながります。「パソコンは苦手だけれど、接客は得意」といったように、だれにでも“得意・苦手”があり、苦手を受け止めながら得意を伸ばして自身を生かしています。病気になったことで苦手なことが増えたかもしれませんが、「これならできる」と、得意なことに目を向けるきっかけにもなったのではないでしょうか。
会社より自宅のほうが能力を発揮できるからと、上司に相談したらリモートワークにしてくれたという人もいます。ちょうどコロナ禍で、働き方の多様性が求められている時代です。得意を生かした働き方の提案もできるはず。仕事と病の両立のために、私たち医師はいくらでもサポートしたいと思っています。

提供:ヤンセンファーマ株式会社