75日ぶりの復帰で勝利投手となった田中将大投手(ヤンキース)。東尾修元監督も復帰は本人の強い意志がなければできなかったと称賛する。

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 右肘の内側側副じん帯部分断裂で戦線離脱していたヤンキースの田中将大が、9月21日のブルージェイズ戦で75日ぶりにメジャー復帰した。約2カ月半のブランクがありながら、5回3分の1を5安打1失点。勝利投手になったこと自体にまずは拍手を送りたいと思う。

 長いブランクがあっての復帰戦というものは、ただでさえ不安だ。その中で自分を見事にコントロールした。ましてや実戦は、マイナー選手相手の実戦形式のシート打撃に投げただけだ。さすがに躍動感というか、100%の状態で腕を振って投げているようには見えなかったが、本人の安堵した表情は、こちらも勇気づけられたよね。

 まだ、心配は払しょくされてはいないと思うが、ここまでは時代の波に流されなかったなと思うよ。ブライアン・キャッシュマンGMが「リハビリで回復が思わしくなければ、手術も選択肢に入ってくる」と話していたように、田中の頭にも手術がちらついたと思う。今季トミー・ジョン手術を受けた選手の数は、マイナー選手も含めると50人以上と聞く。90年代には年間5人ほどだったが、米国では「じん帯損傷=即手術」という考え方が浸透しているからね。

 かつて、松坂大輔(現メッツ)が手術を行うため、ロサンゼルス市内の病院に行った時に、16歳の少年の父親が「息子をメジャーの選手にするために、今は手術して肘を強くする」と話していたというエピソードを聞いた。でも、米国の肘の権威もその神話めいた考え方を否定している。トミー・ジョン手術を受ければ復帰できる確率が9割というけど、これは手術前と同じ状態に戻る確率ではない。メジャーの選手に限れば復帰できる確率は7割ほどだという。本人が故障前と同じく、不安なく腕を振れること。同じように納得いくボールを投げられること。それこそが、本当の成功だ。

 田中はPRP療法と呼ばれる患部の血液を採取し、血小板を増やす培養を施したものを注射して自然治癒力を促進させる治療法を選択した。近年のメジャーではトミー・ジョン手術を受ける前にこの療法を選択するケースが徐々に定番化しているとはいえ、治るかどうかもわからない治療法に懸けた。今季中に復帰する可能性を探ったのは、田中本人の強い意志がなければできなかったと思う。

 私もプロ5年目の73年オフに疲労性の肘の痛みが出たことがある。その年は15勝14敗と初めて勝利数が負け数を上回ったが、前年の309回3分の2に続き、その年は257回3分の1を投げ、2年間で567回を投げた。その影響が出たのだと思う。当時、太平洋(現西武)の監督だった稲尾(和久)さんに聞いて、大分の別府温泉に行き、電気治療を受けたな。当時の治療といえばそれくらいで、すがるしかなかった。今は治療の選択肢がある。自分が選んだ道を信じてリハビリを行うことは、言うほど簡単なことではないよ。

 指先にストレスがかかれば、肘にも影響が出る。スプリットは指先に負担がかかるというけど、投手によって、握りは違う。肘に負担をかけない投げ方とともに、球種の握りにも改良が加えられるだろう。完全復活への道のりはこれから。オフに重点的に取り組んでもらって、来年以降も我々を熱狂させる投球をみせてほしいと願っている。

週刊朝日 2014年10月10日号

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東尾修

東尾修

東尾修(ひがしお・おさむ)/1950年生まれ。69年に西鉄ライオンズに入団し、西武時代までライオンズのエースとして活躍。通算251勝247敗23セーブ。与死球165は歴代最多。西武監督時代(95~2001年)に2度リーグ優勝。

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