だがそれこそが勝負の世界。3人が観客に、100mが持つ勝負の難しさと残酷さ、そしてその醍醐味を存分に味わわせるレースだった。翌日の最終日には、女子200mの福島千里の日本新記録での五輪内定や、男子200m・飯塚翔太の派遣設定突破の20秒12での代表内定というハイレベルな戦いもあったが、それとともに大きな収穫だったのは男子5000mの大迫傑と女子5000mの鈴木亜由子が、2日前の1万mに続いて2種目での代表内定を決めたこと。

 近年の日本選手権はテレビ局の放映スケジュールなどの都合で3日間開催になり、選手たちは複数種目の出場を避ける傾向も出てきている。特にロングスプリントや中距離がそうだ。そのためにロングスプリントの400mの選手がスプリント能力を高めるために200mにも挑戦したり、400mと400mハードルの両種目に挑戦するなど、競技能力をあげるためにも重要な試みができなくなっている。

 そんな中でも大迫や鈴木は、短いスパンの中での2種目挑戦に踏み切ってともに代表の座を勝ち取るレースをした。そこには五輪本番では両種目の競技スケジュールが開いていることもあるし、世界のトップランナーが当たり前のように複数種目に出場しているという現実もある。彼らの視線がただ単に目先の五輪代表というだけではなく、その後の競技者としての成長へと向けられているからこその挑戦という意味でも、大きな意義のあるものだったといえる。

(文・折山淑美)