東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役

 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 小林製薬の健康被害問題が拡大している。同社製造の紅麹を使った健康食品を摂取した人々に腎疾患が現れているというのだ。4月1日時点で5人の死亡と166人の入院が報告されている。

 小林製薬は問題の紅麹を含むサプリメント3製品の回収を決めたが、影響はそこにとどまらない。同社は紅麹を原料として多数の企業に提供しており、回収騒ぎは他社製品にも広がっている。食品や調味料だけでなく日本酒なども含まれる。1800社近くに影響するとの見立てもある。国外でも被害が報告され始めた。

 連日の報道で一種のパニックが起きているが、肝心の被害のメカニズムは謎に包まれたままだ。現在有力視されているのはプベルル酸という化合物。しかし本来は紅麹の培養で混入するものではなく、腎障害との関係も不明だという。

 さらに問題を複雑にしているのが製造過程だ。被害を起こした紅麹は昨年のある時期に大阪工場で製造されたものだが、同工場は年末に閉鎖されている。解体され移転されているとすれば調査は難しい。

 小林製薬の対応も批判されている。同社が最初の被害報告を受けたのは1月中旬。しかし問題の公表と自主回収に踏み切ったのは3月22日だ。2カ月のあいだに被害者が増えた可能性は否めない。行政との情報共有もなかった。

 制度への懸念も出ている。回収されたサプリは「機能性表示食品」と呼ばれるもので、9年前に設立された新制度で認定されたもの。特定保健用食品と異なり国の審査がない。問題を受けて消費者庁は急ぎ約7千の機能性表示食品の点検を進めているというが、今後議論になるだろう。

 いずれにせよ、今回の事件が明らかにしたのは現代の食品生産や流通の複雑さである。私たちが口にする食品の多くは多種の原料の組み合わせでできている。安全性は供給元への信頼で担保されている。それが崩れたら元も子もない。

 現代社会は信頼で支えられている。その基礎が脅かされている。安全な食を取り戻すために徹底した調査と全容解明が求められる。

AERA 2024年4月15日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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