未婚男性の精子凍結が広がる

 精子の凍結保存が臨床応用されるようになって70年――。技術水準が向上し、現在では既婚男性の不妊治療を中心に、多くの医療施設で精子凍結が実施されるようになった。一方、抗がん剤治療により精子の形成が阻害されることなどを踏まえた、がんをはじめとした病気治療による精子形成障害に備えた凍結保存も見られる。

 加えてここ最近、じわりと広がりを見せているのが、未婚男性の精子凍結。佐藤さんのように、加齢を理由に、「少しでも若い精子を保存しておきたい」と、将来への備えとして凍結する動きだ。

「精子凍結の相談に来る男性の年齢は、年々若くなっている印象です」

 こう話すのは、精子凍結や卵子凍結についてのカウンセリングなどを行う生殖工学博士の香川則子さん(プリンセスバンク)。晩婚化、晩産化に伴い、不妊治療が広く浸透した現在。不妊症というと女性に原因があると考えられがちだったが、原因の半分は男性側にもあることが知られるようになってきた。「男性不妊」という言葉の広がりとともに、卵子と同様、精子の質も加齢によって低下することが明らかになっている。

 香川さんはこう指摘する。

「精子凍結に関心を持ち、話を聞きたいと訪れる男性の多くが、20代後半〜30代前半の若い世代です。加齢によって精子の質が低下することを知り、“凍結保存するなら、少しでも若いときの精子でないと意味がない”と考えるようです」(香川さん)

 香川さんいわく、「安く、安全に、コスパよく」と考える傾向が強い世代。確かにコスパを考えるなら、少しでも若い精子を凍結しておくに越したことはないかもしれない。

若い世代が早い段階で、凍結に踏み切ろうと考える背景には何があるのか。その背景を、次回以降、詳しく掘り下げていく。

(ライター 松岡かすみ)

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松岡かすみ

松岡かすみ

松岡かすみ(まつおか・かすみ) 1986年、高知県生まれ。同志社大学文学部卒業。PR会社、宣伝会議を経て、2015年より「週刊朝日」編集部記者。2021年からフリーランス記者として、雑誌や書籍、ウェブメディアなどの分野で活動。

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