【Vol.06】選手、経営者、研究者 すべての経験を生かしスポーツ振興と教育に尽力/小林 至教授

球団経営の経験から
大学スポーツの振興めざす

畑山:今回は異色の経歴を持つ先生です。東京大学卒業後、プロ野球選手を経て、米国でMBAを取得。それから球団役員としてチームに貢献されたのち、桜美林大学に。今、スポーツ振興に力を注がれているそうですね。

小林:はい。日本のスポーツを産業として成長させる、というのが研究者としての大義です。中でも実務的に関わっているのは、「大学スポーツ協会(UNIVAS)」。経済産業省と文部科学省が主導して2019年に設立した団体です。日本の大学スポーツは産業としてはまだまだ開拓の余地がある。米国では1兆円以上の市場規模があり、大学によってはプロスポーツよりも稼いでいる。もっとも、稼ぐことだけが良いとは言いませんが、もう少し日本でも盛り上げられないか、と思うのです。

例えば「箱根駅伝」「東京六大学野球」などのように、一般に広く知られた大学スポーツはありますし、それ以外のスポーツも、やり方によっては、収益もあげられるし、大学のブランディングや、学生、教職員、卒業生のアイデンティティーの向上に大いに貢献できると思います。今、大学運動部の学生諸君の金銭負担は膨大です。米国では、スポーツ経費はすべて大学側が負担します。もう少し、日本はスポーツに関わる学生の役割を大切に考えて良いと思う。幸い、私は10年ほど球団経営に関わりましたので、経営の視点からアプローチし、微力ながら貢献できたらと考えています。

畑山:小林先生は、東大野球部だったのですね。勉強とスポーツの両立は、大変そうです。

小林:高校時代、野球部一筋だったのに、レギュラーになれませんでした。悔しさを晴らしたい。それには東大しかない。今、思えば不思議な発想ですが、1年間勉強し、偏差値40台から東大に合格したのです。それから「よくもあんなこと言えたなあ」と恥ずかしくなりますが、若さの持つエネルギーって無敵。「プロに行きます」って宣言してしまいまして……すると、当時のロッテオリオンズ監督・金田正一さんが「面白いじゃないか! そんなに入りたいなら、うちの球団テストを受けなさい」と。大学入試の際の成功体験があったので、どこか、「意思を明確にして行動すれば、道は拓ける」という思いを抱いていたようです。練習生を経て、プロ野球選手になる夢を叶えました。

しかし、結果が出せず3年でクビになってしまいました。25歳でした。どうしようか迷っていたところに、小澤一彦先生(桜美林大学リベラルアーツ学群教授)をご紹介頂いたんです。「小林君、留学が良いよ。君ならできる」「何が良いですかね?」「MBAが良いぞ」「MBAってバスケットボールですか?」「違う違う!」ということで(笑)、猛勉強しました。

 

アメリカ留学から
ソフトバンクでの3軍制導入まで

畑山:憧れの米国に行くと、現実を知るじゃないですか。小林先生は米国のネガティブな一面も著作に記していますね。

小林:タイトルは今でも後悔しているんですが……『アメリカ人はバカなのか』(幻冬舎)。憧れて行ったぶん、ギャップは大きくて「日本に生まれて良かった」と思いました。例えばアメリカの医療費はべらぼうに高い。学費もしかり。若い人には早く留学して外の世界を知ってもらいたいと思います。

畑山:それから帰国後に、福岡ソフトバンクホークス取締役に就任された経緯は。

小林:2004年に球界再編が起きました。球団経営が社会問題化しまして、その過程で、球団経営に関する本を書いた際、読売新聞グループの総帥で、当時は読売巨人軍のオーナーも兼務していた渡辺恒雄さんへの独占インタビューが実現したのです。その内容を福岡ソフトバンクホークスのオーナーである孫正義さんが読んで下さって、お声がけ頂きました。大学教員と兼務して10年間、福岡に住み、球団経営に携わりました。

前半の5年はチケット拡販、スポンサー獲得、スタジアムの改修などビジネス部門を担当しました。パ・リーグの共同事業会社、パシフィックリーグマーケティング(PLM)という会社の設立にも携わりました。PLMは、わたしの後任の方々が頑張って、今や年間売上50億円規模に成長しました。後半の5年間は、王貞治会長のもとで、チーム編成の責任者を担当しました。当時、チームがやや低迷していたことから、球団組織の構造改革に取り組みました。人事や年俸のしくみにも手を付けたので、かなりの逆風にさらされましたが、球界初の3軍制を導入するなど、人材発掘と育成を通して、常に優勝を争える組織にする一助にはなったと思います。千賀滉大選手(投手)に甲斐拓也選手(捕手)など、埋もれていた逸材を発掘することができたのは、スカウトをはじめ、優秀な人材がいたからこそですが、組織の活性化はできたと思います。

授業でも教科書として使用している著書『スポーツの経済学』(PHP研究所)。世界の事例を紹介しながらスポーツビジネスの潮流を追い、今後の可能性を展望する
授業でも教科書として使用している著書『スポーツの経済学』(PHP研究所)。世界の事例を紹介しながらスポーツビジネスの潮流を追い、今後の可能性を展望する

何事も物をいうのは総合力
果敢に踏み出せ

畑山:一つひとつのご経験が積み重なって、今の小林先生に繋がるのですね。桜美林での教育についてはどんな展望を?

小林:桜美林の良いところはリベラルアーツ教育。社会に出る時に、また、社会に出てから学生たちに求められるのは総合力です。私の講義でもそうですが、引き出しをたくさん持てる学生を育てたいと思います。私はこれまで、野球一筋の人たち、世界中から集まった秀才、経営のトップなど、多様な人が集まる集団に属してきましたが、どこでも問われるのは総合力です。引き出しと経験、判断力を身につけてほしいですね。

畑山:最後に、座右の銘を教えてください。

小林:「やってみなければわからない」。例えばプロ野球で実績十分な外国人選手を連れてきても、実際にチームに当てはめてみなきゃわからない。結局は適応力の有無が問われるんです。だから、学生にもどんどん踏み出してほしいですね。

畑山:小林先生のお話を聞くと、抜群の説得力があります。ひとの何倍も濃い人生を歩む先生から、学生たちが学ぶ点はいっぱいあると思います。

 

小林 至(いたる)

桜美林大学 健康福祉学群 教授

博士(スポーツ科学)、学校法人桜美林学園常務理事。1968年生まれ。神奈川県出身。ロッテオリオンズ練習生を経て92年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位で入団。93年退団。翌94年から7年間、アメリカに在住。その間、コロンビア大学で経営学修士号(MBA)を取得。2002年より江戸川大学助教授(06年から20年まで教授)。05年から14年まで福岡ソフトバンクホークス取締役を兼任。テンプル大学、立命館大学、サイバー大学で客員教授。スポーツ庁スタジアム・アリーナ推進官民連携協議会幹事、一般社団法人大学スポーツ協会(UNIVAS)理事。近著『スポーツの経済学』(PHP研究所)など著書、論文多数。家族は妻と2男1女

文:加賀直樹 写真:今村拓馬

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