この製品がもたらすのは、既存のトースターでは実現できなかった「体験」だ。

「いまの社会、モノはもう足りている。単なる『利便性』は求められていない。だとしたら、人は何にお金を払うのか。『体験』じゃないか」(寺尾さん)

 この体験とは、ウェブやテレビで流通するコンテンツではない。五感を駆使して得る経験だ。毎日繰り返す習慣であるほど、変化のインパクトは大きい。

 毎朝食べるパンについて、寺尾さん自身、こう感じてきた。

「なぜ、ベーカリーでの焼きたてと違うのか」

「別物」とでも言いたくなるぐらいの差をテクノロジーで埋めたい。試行錯誤を続けていくと、おいしく焼き上げるには、「水分」が重要なことがわかった。

 既存のトースターは表面を焦がしはするものの、中の水分まで飛ばしてしまう。これでは、ふんわり感が出ないし、焼きたての香りを損なう。そこでスチームしながら、表面をカリッと焼き上げる温度調節の機能を盛り込んだ。庫内の温度を制御するために、パソコン用のプロセッサーを組み込んだ。

 焼きたてを届ける。この一点に技術特化し、よけいな機能はつけない。技術コストに見合った価格をつけた結果が、異例の2万円超。トースターというモノを買うだけなら高いが、全く別物の体験を買うなら高いとはならなかった。高価格でも異例の売れ行きなのはそのためだ。(アエラ編集部)

AERA 2016年4月11日号より抜粋