SDGsの理念が社会に浸透しつつある今、これまでにないアイデアや事業が生まれている。
独自の視点から新たな社会づくりに挑むクリエーターと学生が、キャリアの広がりについて語り合う。
座談会参加のみなさん
一般社団法人
世界ゆるスポーツ協会
澤田 智洋さん
2004年、広告会社入社。自身が、運動が苦手で、かつ息子に視覚障がいがあったことをきっかけに、2015年に「世界ゆるスポーツ協会」を設立。誰もが楽しめる新しいスポーツが、これまでに110以上生まれ、全国で20万人以上が体験している。一人を起点に服を開発する「041 FASHION」など、福祉領域のビジネスも多数プロデュースする
総合学院テクノスカレッジ
大学コース産業能率大学 4年
ブライダル専攻
本田 莉里佳さん
2020年、総合学院テクノスカレッジ入学。ブライダルを専門に学びながら、大学コースでは経営を専攻する。在学中の2022年に起業し、ブライダルサービス「Someday Wedding」をプロデュース。式を挙げない選択をする顧客層にも、結婚の価値や本質を体感してほしいという想いから、「ナシ婚」に特化した新しいサービスを提供する
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AERA編集長
木村恵子
木村恵子(AERA編集長) SDGsの実現に欠かせないキーワードの一つに、「誰一人取り残さない」があると思います。お二人の取り組みも、それぞれの分野・業界で見過ごされがちな層の視点からアイデアを生み出していると感じましたが、いかがでしょうか。
澤田智洋さん(世界ゆるスポーツ協会) 僕は、2015年に、「世界ゆるスポーツ協会」を立ち上げました。実は、調査によると日本人の大人の約5割弱、つまり単純計算で4800万人ほどが、スポーツをしていない※1んです。僕もその一人で、スポーツが苦手で、好きじゃない。つまり、「スポーツ弱者」です。でも、そんな僕らのためのスポーツ事業やカルチャーがあってもいいよね、と感じて始めた事業です。事業内容は、「新しいスポーツをつくる」ことで、スポーツが苦手な方が、特別に練習しなくても、シュートを決める、試合に勝つなどの成功体験が得られること。「勝ったらうれしい、負けても楽しい」という、ゆるスポーツが内包する多機能性を大切にしています。
※1 スポーツ庁による、18〜79歳以上を対象にした「スポーツ実施率」調査から。
本田莉里佳さん(総合学院テクノスカレッジ) 私は現在、テクノスカレッジでブライダルを専門に学びながら、大学で経営コースを専攻しています。一方で、現在のブライダル業界の課題を解決するために、2022年に起業し、「Someday Wedding」を立ち上げました。結婚式を挙げない「ナシ婚」層に特化したウェディングサービスです。これまでは、「結婚したら結婚式を挙げる」という流れが一般的だったと思いますが、今は「お金・時間がない」「準備が面倒」「たくさんの人に見られることが恥ずかしい」などの理由から、式を挙げない方が増えています。結婚した人の約37%※2がナシ婚という調査結果もあります。ただ、そうした方々にも、幸せな空間を体感してほしいと思うんです。 「Someday Wedding」は、婚姻届の届け出日や、パートナーシップ宣誓※3の日が“個人からふたりの人生に切り替わる、大切で価値のある日である”という考えから、そのかけがえのない一日を特別なものにプロデュースするサービスです。
※2 マイナビウエディング「2023年 結婚・結婚式の実態調査」から。
※3 性的少数者や事実婚のカップルなど、婚姻届を提出しない、あるいはできない人々を対象に、お互いが人生のパートナーであることを宣誓・届け出することで、各自治体が受領証などを交付する制度。
“(仮)”の視点から本質を見つけ出す
木村(AERA) スポーツはうまい人だけがたたえられる。結婚式は挙げるべき。お二人のお話を聞くと、そんな先入観が取り払われる気がします。その自由な発想は、どこから生まれるのでしょうか。
澤田(世界ゆるスポーツ) 僕は基本的に、世界を「(仮)」だと捉えているんです。例えば、サグラダ・ファミリアは、いまだ未完成※4ですが、それは社会や世界も同じで、存在するもの全ては、最後に(仮)をつけて考えられると思っています。スポーツも、「スポーツ(仮)」と捉えていいはず。運動できていない人々が、日本や世界にこんなにもいるということは、やはりスポーツ自体が未熟なのだとも考えられるからです。この前提に立つと、じゃあどうしたら自分ではなく社会、つまり「スポーツ(仮)」を変えるかというモードに切り替わります。いくら走り込んでも、ボールを蹴っても、うまくならない人たちが、国内に4800万人いるとしたら、変わるべきは、やはり「スポーツ(仮)」の方だと。そんなふうに、「あらゆるものは(仮)である」という前提に立つことを意識しています。
※4 スペインのサグラダ・ファミリアは、1882年に着工し、100年以上にわたっていまだ建築中。
木村(AERA) 常識にとらわれず、そのシステム自体を変えようとする発想が大切なのですね。本田さんはいかがでしょうか。
本田(テクノスカレッジ) 私が最初にブライダルにふれたのは、親戚の結婚式でフラワーガールを務めた小学校1年生のときです。キラキラとした空間と、その場の全員が笑顔になることに、憧れの気持ちを抱きました。その後、高校1年生で、ブライダル業界で働くことを志し、「結婚式で世界丸ごと幸せにする」というビジョンを掲げました。テクノスカレッジ入学後には、「卒後ビジョン」※5を通して、卒業から5年後・10年後の自分の未来を思い描く中で、ブライダル業界をより客観的に見るようになりました。その中で感じたのは、「ナシ婚」という課題に、業界はあまり向き合えていないのでは、ということです。やはり結婚式を「挙げない層」よりも「挙げる層」を重視した方がビジネス的に効率はよいと思います。でも、それだけではナシ婚層を取り残してしまうと思いますし、今そこに向き合うことは、業界の成長にも必要だと感じました。結婚式以外のウェディングの「本質」にも目を向けて、幸せを広げたいなと考えたんです。
※5 下記「CHECK!」、本企画「卒後VISIONのすすめ」参照
卒後VISION
「卒後ビジョン」とは、変化する社会や働き方を探究し、5年後の自分のありたい姿を描くテクノスカレッジ独自のプログラム。本田さんは「結婚式で世界丸ごと幸せに!」をビジョンに掲げ、ブライダル専攻で専門知識を深め、起業を実現した。2023年には、各界の第一線で活躍する方々が審査員として評価を行う「My卒後VISIONコンテスト」が開催され、各学科の代表学生が自らの卒後ビジョンを発表。本田さんはブライダル科の代表として参加し、「Someday Wedding」についての発表で、全27学科約800人の中からグランプリを獲得した。
本田さんがMy卒後VISIONコンテストで発表した時の様子。
澤田(世界ゆるスポーツ) 多くの学生さんからすると、社会では多くの大人が、責任を持って一生懸命いろんな課題に向き合っているように見える。けれども、実際は世界に盲点がいっぱいあって、大人がやっていないこともたくさんある。本田さんが見つけたのはまさにそこで、「業界が取り残している」という気付きは、ビジネスをつくるときに、とても大事な視点だと思います。
17の目標の「外側」も考える
木村(AERA) 現在のようにSDGsという概念が浸透し、身近になった中で、お二人の活動やビジネスに影響は出ていますか。
本田(テクノスカレッジ) SDGsの視点は、年代問わず、社会に浸透してきていると思います。「Someday Wedding」の提携先である結婚式場やレストランなどと話す際にも、SDGsの「誰一人取り残さない」という考え方が、私たちの思いを先方に届ける、強い武器のようなものになっていると感じています。
澤田(世界ゆるスポーツ) たしかに、「SDGs」という共通言語によって仕事上のプロセスが簡略化されることは増えたと思います。一方で、僕はSDGsに、もっと「自由演技」のような部分があってもいいと思っていて。枠内にある17の目標の外側にも、小さな課題が無数にあって、それについて考えることも、すごく大事なことだと思うんです。今の本田さんの事業も、17の目標にだけ向き合っていたら生まれなかったかもしれない。特に10代のみなさんは、自分の見つけた課題が17の目標内におさまってなくても、例えば18、19、20番目の小さな目標を、それぞれが重ねていけるといいんじゃないかと思いますね。
すべての経験は未来の糧になりうる
木村(AERA) 今後は、お二人のように企業1社にとらわれない働き方がスタンダードになるのでしょうか。
澤田(世界ゆるスポーツ) 僕は、働くうえで、本田さんもおっしゃっていた「ビジョン」がとても大切だと思っています。ビジョンとは、「こういう世界や風景を見たい」という希望のこと。例えば「婚姻届を出した日に、みんなに祝福されて幸せそうな二人」など、ある程度、解像度の高いビジョンが持てると、次は、実現するためには何をすればいいのかという「手段」の話になる。そして、多くのビジョンは、1社だけでは完結できない時代になってきています。結果的に、起業なども含め、横断的な働き方が増えているのだと思います。
本田(テクノスカレッジ) これからは、就職自体を目的にするというよりも、何のために働くのか、その目的を考えるための就職活動が広がると思います。私自身、就職活動前に「Someday Wedding」を立ち上げましたが、業界をより深く知りたいという気持ちも強く、就職活動もしっかり行いました。そして、就職活動を通して「Someday Wedding」を届ける意義を再認識したため、最終的には両方やろうと決めました。
澤田(世界ゆるスポーツ) ただ、今ビジョンや夢がない人も、焦る必要はないと思います。長い人生のどこかで巡り合えればいい。一方で、面白そうな人・出来事と出会うために、あちこちに一歩を踏み出すことは大事です。悲しみや怒りも含めて、経験や知識を得ることは、「自分」という冷蔵庫に、いろいろな食材を入れていく作業に似ています。それが数十年後、思わぬ食材と、意外な化学反応を起こすこともある。だから今、目の前に生じている、良いも悪いも含めて全ての経験にはポテンシャルがある。そのことを知っておいてほしいですね。
大学1・2年生への調査では、キャリアや仕事の方向性が「決まっている」と答えた学生は、この3年間は増加傾向にある。その一方で、「全く決まっていない」と答えた学生も増えており、コロナ禍などの影響があると見られている。
マイナビ「大学生低学年のキャリア意識調査(25・26年卒対象)」(2023年1月発表)から作成
対象:18~20歳の大学1、2年生 調査期間:2023年1月6〜11日
本田(テクノスカレッジ) 私も、学内外問わず、たくさんの人に出会い、いろいろな言葉をもらうことが、自分の刺激になり、大きな価値を感じています。中でもテクノスカレッジは、私にとって、ブライダルの専門学校でありながらも、さまざまな業界と交流したり、自分の考えを試したりと、多様な経験を積み、それをアウトプットできる貴重な場でした。自分の思い描く未来を実現するためには、自分一人ではなく、さまざまなコミュニティーの中で、仲間の存在を感じることも、非常に重要だと思います。
木村恵子の編集後記
世の中的に「よし」とされている価値観に、疑いの目を向けることでチャンスが生まれる。お二人の活動は、ビジネスを成り立たせるための「逆転の発想」から始まり、その根本には、一人ひとりと向き合う誠実さがあります。“マス”のニーズだけではなく、個人に向き合うことで新たなイノベーションが生まれる。大きな時代の転換点に来ていることを、お二人の話を聞いて改めて実感しました。