ジャーナリストの田原総一朗氏は、安倍首相の国連での記者会見について、世界から批判されてもおかしくないという。

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 安倍晋三首相が9月30日にニューヨークの国連での記者会見で、「移民を受け入れるよりも前にやるべきことがある。女性、高齢者の活躍だ」と語った。

 安倍首相は、何をどう取り違えたのか。記者の質問は移民ではなく、難民のことだったのである。

 現在、シリアなど中東からの難民がヨーロッパに押し寄せてきて、あちこちの国で大きな混乱が起きている。東ヨーロッパの貧しい国はできれば彼らを入れたくないので、障壁をつくり、それを乗り越える難民と警官隊が衝突している。

 EUは16万人の難民を加盟国に割り当てる案を発表した。各国への振り分けの基準はそれぞれの国の人口や経済規模で決められた。例えばドイツは4万2千人、フランスは3万1千人という具合だ。もっとも、どの国にしても難民は厄介な問題だ。たとえばフランスの最右派・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首は、難民受け入れに断固拒否の姿勢を示し、難民受け入れに積極的と見えたドイツでも、最近の世論調査で51%の国民が「大量の難民流入に不安がある」と答えている。

 だが、住むべきところを失って、命からがら逃れてきた人々を、何とか生きていけるようにしなければならないとは、どの国の国民も考えてはいる。

 ヨーロッパは地続きだから難民の数が多いのだが、中東からはるかに遠く、海を隔てたオーストラリアが1万2千人の難民を受け入れると決め、南米のベネズエラは2万人の受け入れを表明した。そしてアメリカは2017年までに10万人を受け入れることにしている。

 こうした状況で安倍首相は、国連で記者から難民受け入れの質問を受けて、冒頭のような答え方をしたのである。

 まさか「難民」と「移民」とを聞き違えたのではないだろうが、それにしても「移民を受け入れるよりも前にやるべきことがある。女性、高齢者の活躍だ」とはどういうことか。

 
 このやりとりを見た日本人は、自分自身が恥ずかしいことを言ってしまったように、救いがたい思いになったはずだ。その場にいたどの国の人間もが、日本国の首相は「難民は受け入れない」と宣言したのだと受け取ったはずである。

 実は昨年、日本に来たいと申請した難民は5千人いたのだが、認定されたのは11人にとどまった。言ってみれば、「難民鎖国」である。

 安倍首相は「難民」は受け入れないと宣言し、その代わり、シリア、イラクの難民と国内避難民向けに約8.1億ドル(約969億円)を支援すると表明した。これでは、日本人は何を考えているのかと、世界中から顰蹙(ひんしゅく)を買うことになる。

 だが、日本は「難民鎖国」の国ではないのである。1975年にベトナム戦争が終結したとき、戦火で混乱したインドシナ3国(ベトナム、ラオス、カンボジア)から船で脱出した「ボートピープル」と呼ばれた難民を1万1千人以上受け入れている。

 安倍首相のトンチンカンな説明は、「難民鎖国」宣言ではなく、何ゆえかの錯覚だととらえることにしたい。そして、少なくともオーストラリアやベネズエラ並みの難民を受け入れるべきだ。安倍首相は、そのことをあらためて表明すべきである。さもなければ、日本は世界からまともに相手にされなくなってしまうだろう。

週刊朝日  2015年10月23日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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