モルガン銀行東京支店長などを務めた藤巻健史氏が、9月に向かって、再度円高傾向になるのでは?という予測には、疑問があるという。

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 イエレン米連邦準備制度理事会(FRB)議長が7月15日、半期に一度の下院金融委員会で「経済が予想どおりに改善すれば、年内のいずれかの時点で利上げが適切になる」と証言した。

 利上げ可能性のある9月に向かってドルはじり高になるとの予想が市場では多いようだ。ただ「利上げがあれば材料出つくしで、再度、円高に向かう」というコメントもあるようだが、そのコメントには私は疑問を感じる。米国の利上げは1回で終わりではなく、四半期ごとに、0.25%ずつ続くというのが市場では主流の見方だろう。一方、日本は、かなり長い間利上げができない。未来永劫にできないとさえ私は思う。

 量的緩和を行った以上、利上げは極めて困難だ。金利水準は、日銀が「こうしろ」と市場に命令しているわけではない。強制的に設定しようとしても物理的に無理だ。日銀が銀行間市場に供給する資金量を調整することによって誘導しているにすぎない。

 しかしそれはお金の需給が均衡しているからこそできるのであり、今のようにお金をじゃぶじゃぶにした状況ではできない。江戸時代、豊作続きで米蔵にコメがうなっているときには、幕府が武士に渡すコメの量を多少減らしたところで米価はビタ一文上昇しないのと同じだ。

 異次元の量的緩和をした以上、利上げの方法は一つしか思いつかない。専門家の間で議論されている以下の方法で、FRBが公表している方法でもある。国民が民間銀行に預金をするがごとく、民間銀行は日銀に当座預金を置いている。その預金(正確にいうと超過準備の部分のみ)に日銀は現在0.1%の金利を払っている。この金利を、たとえば1%に上げていこうという方法だ。民間銀行は日銀に預金すれば1%の金利をもらえるのだから、それ以下のレートで融資などしない。国内での取引の金利は1%以上に上昇するのだ。

 
 問題は、異次元の量的緩和のために買い続けてきた保有国債の利回りが0.416%(2014年度下半期)にすぎないことだ。今後も超低利回りの国債もさらに買い増していくのだから利回りはさらに低下していくはずだ。

 保有国債の利回りが低いのに、民間銀行の預金に高い金利を支払っていたら日銀は損の垂れ流しだ。約7.3兆円(15年7月末)の準備金+引当金もすぐ底を突き、債務超過に陥る。中央銀行倒産の危機だ。

 市場は先を読むから、準備金+引当金が減り始めた段階で円の暴落が起きるだろう。だから日銀には利上げの方法がないと思うのだ。

 一方、FRBが保有する米国債利回りは2.14%、MBS(住宅ローン担保証券)は2.79%で、加重平均すると2.41%(15年1~3月期)もある。利息収入が多いから、市中銀行にそれなりの金利を払っても問題はない。FRBは何度も利上げを行い、日銀は未来永劫にできない。だからドルは円に対して強くなり続けると私は思うのだ。

 さらに日銀には、利上げというブレーキがないから、インフレが始まると悪性インフレになるリスクがかなり高い。インフレとはお金の価値が下がること。価値が下がるお金とは円なのだ。

 なお、しつこくて恐縮ですが、ドルを買うのなら自己責任でお願いいたします。「損したら自己責任、儲かったらフジマキの貢献」の大原則は不滅です。

週刊朝日  2015年9月4日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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