作家の室井佑月氏は、「この道しかない」という言葉に恐怖心を抱くという。

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 この言葉を聞いて、怖いと思うのはあたしだけだろうか。

「この道しかない」というからには、別の道はない、もしくは考えないってことだろう。引き返せないって意味もあるかもしれないな。

 主語が不確かである人間の言葉ならば、絶対的な100パーセントの正解はないのではないか。なのに、「この道しかない」、そう言い切ることに恐怖を感じる。

 たとえば、戦争時、命をかけて敵の中に飛び込むとき、飛び込む人は「この道しかない」と思っていたかもしれない。思っていたかもというより、思わされていたかも。

「この道しかない」、この言葉には、思わされる側と思わせる側がいるのだろうか。

 先程の例でいうと、「この道しかない」と思わせた側は、戦後、上手く立ち回って生き残り、偉くなっていたりして。

 いいや、それだけじゃないか。自らそう思い込む人もいるな。自らの人生において「この道しかない」と思い込むのは、その人の勝手だ。自分の人生をかけてその言葉を発するのなら。

 けど、この言葉を多くの人間への呼びかけとして使うのはどういうことなのか。

 公的年金の積立金約130兆円の半分を、リスクの高い株式市場に投じる。株だもの、失敗し大損することだってある。

 そのとき「この道しかない」といっていた人たちは、我が身を削ってあたしたちになにかをしてくれるんだろうか。

 この国のエネルギーは原発しかないといっている人たちは、ふたたび福島第一原発のような事故が起きてしまったとき、あたしたちの財産である、事故前の綺麗な国土に戻せるんだろうか。健康被害にあってしまった人たちに、どう責任を取るつもりなのか。

 結局、少子高齢化のこの国において、今後、年金制度を維持してゆくのは難しいのだし、絶対に安全である原発もこの世にはない。

 原発のコストが安いというのも嘘だし、製造業が海外に逃げてしまうというのも嘘だ(日本の電気代は高い。それがイヤな企業はもう逃げていっている)。

 ならば、人間の知恵でその先を考えればいい。

 社会福祉に金がまわらないというなら、さっさと予算の組み替えをしたらいい。議員の数を大幅に減らすなどしたらいいじゃん。

 原発に代わるエネルギーの開発をしたらいい。けれど、そうはならない。

 世の中の流れを大幅に変えると、損をする人がいる。今の流れで、地位を得て、金儲けをしている人たちだ。

 そういった人たちは、あたしたちに「この道しかない」という。世の中の流れが変わってなるものか、ってところだろう。

 彼らが提示する「この道」、なにも考えず従うのは今、楽かもしれない。が、その先が地獄であっても、命を失うことがあっても、「自己責任」といわれておしまい。

週刊朝日  2014年12月26日号

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室井佑月

室井佑月

室井佑月(むろい・ゆづき)/作家。1970年、青森県生まれ。「小説新潮」誌の「読者による性の小説」に入選し作家デビュー。テレビ・コメンテーターとしても活躍。「しがみつく女」をまとめた「この国は、変われないの?」(新日本出版社)が発売中

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