稲盛和夫氏(左)、山中伸弥氏(右) (撮影/写真部・松永卓也)
稲盛和夫氏(左)、山中伸弥氏(右) (撮影/写真部・松永卓也)

 今年9月、世界で初めてiPS細胞から作った網膜の移植手術が成功した。日々向上する科学技術。iPS細胞の生みの親である京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長(52)と、その支援を続ける稲盛和夫・京セラ名誉会長(82)が、科学と倫理の複雑な関係を話す。

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山中:寿命が延びて今の世代はよかったかもしれないけれども、次の世代、その次の世代にとんでもない負担を負わせてしまうかもしれない。iPS細胞もそうですが、科学の進歩って遅いようで突然、ビュンと進んでしまう。SFだと思っていた話がどんどん実現しているんです。7、8年前に、ある人が「山中先生、アメリカでこんな特許が出願されているらしいよ」と、笑い話をしたんです。それは3Dプリンターで臓器を作る、それを特許として出そうと計画しているベンチャーがあるという話でした。聞いたときは私も「またそんな」とか言って笑ったんですが、今はもう笑いません。

稲盛:本当に3Dプリンターで人間の臓器を作っているんですか。

山中:本当の臓器ではありませんが、精巧な臓器のモデルが作られています。難しい手術の前に、患者さんのCTなどの情報から臓器モデルを作って、手術のシミュレーションとして使われ始めています。人工の骨を作って、実際に患者さんにも移植されています。海外では、細胞を3Dプリンターで積み重ねて、臓器や血管を作る試みも行われています。

稲盛:そんなベンチャー企業があるとは驚きです。

山中:はい。ロシアで同じようなベンチャーの方に会いましたが、彼らは人間の体細胞から作ったiPS細胞のことを「インク」と呼ぶんですね。アメリカのベンチャーもそのバイオインクを素材として臓器を3Dプリントする3Dバイオプリンターの製造を目指しているんです。7、8年前、大笑いした話がすでに現実になっています。

稲盛:医療技術の進歩と高齢化の問題は永遠に解けない命題だと思います。非常に難しい。それじゃあ、研究、進化をやめてしまいましょうというのも違うと思います。患者の命を救い、寿命を延ばすことは、いいことに違いない。

山中:人間の真理を少しでも明らかにしていきたいと思い、この研究を始めました。生命にはいろんな不思議なことがまだまだあり、真理は1割もわかっていません。ただ、長いスパンで社会全体を考えたとき、自分たちの研究が本当に社会のためになるだろうか。必ずしもそうではない場合もあるのではないかと思うときもあります。

稲盛:そういう意識を持たれることは素晴らしいことだと思います。今後はぜひ、科学の進歩と地球の生態系のバランスをどう取っていくか、という難しい命題にも挑んでください。これからの時代は、研究者であれ、技術者であれ、経営者であれ、最先端で活躍する人間は、つねに人類にとって重大な影響をおよぼす難しい判断を迫られるはずです。

週刊朝日  2014年10月3日号より抜粋