褥瘡(じょくそう)、いわゆる「床ずれ」は体の同じ場所に体重(圧)がかかり、皮膚や脂肪・筋肉などの血流が悪くなって細胞が壊死した状態のことだ。脳卒中や持病で長く病床にある高齢者は発症リスクが高い。多くは外用薬などで治療するが、手術が必要な場合もある。

 神奈川県に住む清水よしのさん(仮名・83歳)は、今から1年前に脳出血を発症したことで、意識がはっきりしないまま、寝たり時々車いすに座ったりという生活をしていた。近くに暮らす娘がしばらく介護をしていたが、その間に骨盤の一部である仙骨部と座骨部に褥瘡ができていた。

 その後、清水さんは肺炎を起こし2カ月間入院した。そのせいで一時的に全身状態が悪くなり、褥瘡も悪化。肺炎が治り退院して5日後、訪問看護師が褥瘡の状態に驚き医師に連絡した。

 連絡を受けたふくろ皮膚科クリニック院長の袋秀平(ふくろしゅうへい)医師が往診したところ、褥瘡は仙骨部に12.5×7.4センチ、座骨部に8×7センチと、かなり大きく、日本褥瘡学会による褥瘡の深さの評価ではD3(皮下組織までの損傷、骨は露出していない)の状態だった。

「高齢者が脳卒中などで倒れると、家族はその病気のことで頭がいっぱいになってしまいます。そして適切なケアの知識がないため、患者さんが褥瘡になってしまうことが多いのです。私が往診で診る患者さんの皮膚の病気の中でも褥瘡がもっとも多く、42%を占めています」(袋医師)

 老老介護、子や息子の妻一人による介護など、マンパワー不足で褥瘡につながるケースも多いという。

 褥瘡のできやすい主な条件は六つ。【1】自分で体の向きを変えられない(自力体位変換不可)【2】骨が出っ張っている(病的骨突出)【3】動かさずにいた関節が固まっている(関節拘縮[こうしゅく])【4】汗や尿で皮膚が湿っている(皮膚湿潤)【5】栄養が足りない(低栄養)【6】皮膚のむくみ(浮腫)だ。

「清水さんの褥瘡はかなり深いものでしたが、私の経験から外用薬で治療が可能と判断しました」(同)

 
 一般に褥瘡ケアのポイントは三つある。【1】体の一部に体重(圧)が強くかからないようにする(体圧分散)【2】傷を清潔に保ち、塗り薬などをつける(局所治療)【3】栄養状態・全身状態の改善だ。

 袋医師はまず、空気圧により一定時間で体の向きを自動的に変えられる体位変換マット(エアマット)の利用を提案した。これで同じ部分に体圧がかかるのを防ぐ。

「従来、体位変換は2時間ごとに行うべきとされてきましたが、患者さんの状態により必ずしも2時間でなくてもよいという認識が広まっています。清水さんの場合、適切に体位を変換し、介護する人の負担を軽減するために機械的に体位変換できるエアマットが最適と判断しました」(同)

 清水さんの褥瘡にはMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)がついていたため、外用薬は感染を制御する薬を処方。また大きな褥瘡を早く小さくするため、皮膚(肉芽[にくげ]組織)の形成を促進する薬も併用した。褥瘡が小さくなってからはドレッシング材(傷の部分を覆って適度な湿潤状態に保ち、傷の治りを促進するシートやフィルムやゲル)に変更した。栄養に関しては主治医である内科医に任せた。

 訪問看護師は毎回、清水さんの褥瘡の画像をメールで袋医師に送ってくれたため、袋医師は褥瘡が順調に小さくなっていることを確認でき、2カ月後に2度目の往診をした。最終的には肺炎の退院から6カ月で褥瘡は治癒し、現在もその状態が保たれているという。

「私が往診した在宅の褥瘡患者さん138人の71%がD3以上の深い褥瘡でしたが、そのうち41%はこうした治療で治癒しています」(同)

 高齢者の褥瘡治療で難しいのは、本人の感覚が鈍り痛みを訴えられない、体位変換を嫌がる、処置した部分に触ってしまうなどだ。ことに認知症を伴う場合はその傾向が強い。それでも適切な外用薬、体位変換、栄養補給により在宅で治癒できる可能性は高いという。

「清水さんの場合は、訪問看護師とのコミュニケーションが良かったので、スムーズに治癒できました。訪問看護師の力はとても大きく、在宅の褥瘡治療に欠かせない存在といえます」(同)

 日本褥瘡学会の調査によると、褥瘡有病率を2006年と10年で比較した場合、在宅で訪問看護を受けている患者の有病率は8.32%から5.45%に減少している。しかし、病院や老人施設の有病率と比べるとまだ高い。

週刊朝日  2014年8月29日号より抜粋