長野県川上村は、千曲川の上流部に位置する日本有数のレタス産地。26年前に就任し「奇跡の村」へと牽引した村長藤原忠彦氏(75)は、希望の国ニッポンを再生するためには「人づくりこそが大事」と語る。

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 川上村は「平均年収2500万円の村」として知られていますが、所得を増やすことを目標にしてきたわけではありません。

 私が村長に就任した1988年には、村はすでにレタス王国としての地位が築かれていました。ただ、後発の新興産地の追い上げもあり、産地間の競争が激しくなっていました。

 そこで私が取り組んだのが「人づくり」です。当時は、農業は肉体労働だと思われていましたが、新しい時代の農業は創意工夫と情報化がカギの「知識産業」になると考えたからです。

 レタスは、春から夏にかけての約半年間で集中して生産しますので、残りの期間は休みです。そこで、農林水産省からの補助金と村の財源とを組み合わせて95年、20億円ほどかけて文化センターを建設しました。最大500人まで収容可能な多目的文化ホール、日本初の24時間開館の図書館などを備えたものです。

 計画段階では「農業の基盤整備にお金を使うべき」という意見もありました。それでも私は「基盤整備は後でもできる。しかし、人づくりは今やらなければならない」と説得しました。

 こういう場所が必要だったのは、レタスは天候や市場の動向で価格が激しく上下する相場産業だということもあります。所得が上がったときに物質的な欲望も一緒に上げてしまうと、所得が減ったときに物欲が我慢できなくなります。村民の間でいがみ合いが起き、他人を出し抜く悪い競争心も芽生えます。だからこそ、ある一定の所得で満足できる、精神的に豊かな人間を育てることが大切なのです。

 そのほかにも、村営バスの整備、高齢者が健康に暮らせるための医療、介護施設の充実などを推進してきました。すると、農業の基盤整備をしていた時代よりも、生産量が上がってきたのです。

 川上村は「産業があったから人が育った」のではありません。「人がいたから産業が育った」のです。人を育てることにちゃんと投資すれば、そこに住む人たちの幸せの総量を増やすことができる。この川上村のロマンは、日本全国の市町村でも実践できるのではないでしょうか。

週刊朝日  2014年5月9・16日号