文筆家で女性のアダルトグッズショップ代表の北原みのり氏が、裁判を傍聴。「今どきの若者、なのかもしれない」男性の証言から垣間見えた不思議な男女関係を、連載「ニッポンスッポンポン」でこう綴る。

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 痴漢犯罪の裁判を傍聴した。捕まった男性は、一貫して無罪を主張している。私が傍聴した日は、被害者女性のカレが証言台に立った。カレの証言を要約するとこんな感じだ。

 カレは事件当日、彼女と久々にデートをした。二人は5時に待ち合わせ、9時までビリヤードをして、ご飯を食べずに二人で電車に乗りこんだ。車内では彼女に甘えるように抱きつかれ、「好きだよ」みたいなことを何故かケータイで送信されたのだが、カレは「は?」と不思議に思い無視した。それからカレはスマホでゲームをはじめたところ……急に彼女が「何触ってんだよっ!」と背後のオジサンの胸ぐらをつかんだという。カレは即座に、そのオジサンの腕を捉え、「やってない」と叫ぶオジサンを警察に突きだした。

 今どきの若者、なのかもしれないが、あまりに不思議な証言(というか、デート)だった。だって、久々に会ったのに食事もセックスもせずに、ビリヤードを4時間だよ? しかも電車で一人でゲームだよ?

 
「好きだよ」と言われたのに無視だよ? いったい何のためのデートだよ! 裁判よりも、デートの内容が気になりはじめる私……。

 さらに、弁護側が苛立つようにカレをこう問いただした時の答えは衝撃だった。

「あなたは○○さんが痴漢をするのを見たんですか?」。カレは答えた。もの凄く堂々と、物事の道理を弁護人に説くような調子で。「見てないっす! でも、自分の彼女が痴漢だって言うんだったら、信じるのが人間というものっす!」

 すっげーなー、若者! 目の前の女に無関心で、会話を楽しまない男でも、「愛する人を信じ、守る」みたいな物語に酔えるんだなっ! というか、そういう物語に簡単に依拠するのが男にとっての恋愛だからこそ、女に冷たくいられるのかもね。

 被告人席に座る男性が一番空しかったと思うが、私も空しかった。「女を守る」「彼女を信じる」という、空疎な言葉で語られる痴漢犯罪と男女関係。守るとか、信じるとか、そんな言葉を男から奪ったら、彼らの恋愛には何が残るんだろう。何もない、そんな気がする。

週刊朝日 2013年11月8日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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