今年も赤字国債を発行できるか――。特例公債法案の成立で与野党がもめているが、投資助言会社「フジマキ・ジャパン」の代表であり、「伝説のディーラー」と呼ばれた藤巻健史氏は、怖いのは法案が通るか通らないかではないと指摘する。

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 安住淳財務相は7月6日、特例公債法案が9月の国会の会期末までに成立しない場合、「10月には財源が枯渇する見通しで、9月以降の予算執行については抑制を含めた対応になる」と語った。特例公債法案とは赤字国債を発行するための1年限りの法案である。これを制定しないことには政府は38.3兆円の赤字国債を発行できない。今年も国会に提出されているが、野党の反対で今のところ成立の見通しはついていない。

 しかし「なんやかんや言っても、野党がいずれは折れるだろう」と日本人はみな思っており、この点に関しての危機感は持っていないと思われる。

 この話を聞いて思い出すのが昨年の米国財政破綻騒動である。私は「これは単なる政争であり、米国が本当に財政破綻の危機にさらされているわけではない」と声を大にして言っていたし、以前週刊朝日の連載で書きもしたのだが、当時は、「米国は財政破綻だ!」と誤解して喧伝(けんでん)する識者も多かった。

 この騒動は、今回の日本の「特例公債法案騒ぎ」と全く同じなのだ。「政府債務の上限額14.3兆ドル(約1130兆円)を引き上げないと、さらなる国債が発行できない。それなのに与野党間が紛糾してなかなか上限引き上げの合意ができなかった」という騒動だったわけで、決して逼迫(ひっぱく)した「財政破綻の危機」ではなかったのだ。あのときの誤解による大騒ぎを思い起こすに、今度は逆に米国人が「特例公債法案が通りそうもないから、明日にでも日本は財政破綻をする」と誤解して大騒ぎをする可能性もありそうだ。

 今まではヘッジファンドはバラバラに日本国債の売り仕掛けをしては失敗していたようだが、国際社会全体が同じような誤解をしたら、日本の国債市場はひとたまりもないと私は思う。報道の仕方を含め注意が必要だ。

※週刊朝日 2012年8月17・24日号

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藤巻健史

藤巻健史

藤巻健史(ふじまき・たけし)/1950年、東京都生まれ。モルガン銀行東京支店長などを務めた。主な著書に「吹けば飛ぶよな日本経済」(朝日新聞出版)、新著「日銀破綻」(幻冬舎)も発売中

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