時計の針を、少し戻してみよう。

 オリンパスの社長を務めていた英国人のマイケル・ウッドフォード氏が、突然解任されたのは10月14日のこと。それから1週間、同社の大株主である海外ヘッジファンド、「ハリス・アソシエイツ・エル・ピー」などのいら立ちは頂点に達していた。

 事情を聴きたい株主のハリス首脳は、
「早くウッドフォードの居場所を見つけろ!」
 と、取引先の外資系証券の担当者を国際電話越しに怒鳴りつけた。

「いやあ……。わかるかどうか……」

 証券マンが戸惑うと、ハリス首脳はさらに声を張り上げた。

「何を言ってるんだ。このままだとオリンパスは上場廃止かもしれないんだぞ」

「えっ?」

「粉飾かもしれないだろう。特別背任の恐れもある。反社会的勢力に資金が流れたならマネーロンダリングだ。早くしろ!」

 電話はブツッと切れた。

 大株主である海外ヘッジファンドの反応は当然だろう。内視鏡分野では世界トップレベルの企業・オリンパスから、途方もない巨額資金が消えたからだ。

 解任されたウッドフォード氏は、オリンパスの過去の企業買収を巡る不透明な資金の流れを調査し、証券取引等監視委員会などに告発していた。ウッドフォード氏が"事件"のにおいをかぎ取るのも無理はない。

 オリンパスに向けられた疑惑を整理しておくと、
(1)2008年に英医療機器メーカー「ジャイラス」を約2100億円で買収した際、投資助言会社にその3割にのぼる約666億円の報酬を支払った
(2)06~08年にかけて資源リサイクル会社「アルティス」、調理容器製造会社「NEWS CHEF」、健康食品販売会社「ヒューマラボ」の3社を約730億円で買収した直後に、企業価値が目減りしたとして約560億円の減損処理をした
--の2点だ。合わせて実に1千億円以上もの巨額資金が不透明に処理されているのだ。

 もちろん、ウッドフォード氏を追放した現経営陣は、この疑惑に対し、
「適切な評価、手続きを経て実施したもので、不正行為は一切ない」
 と、その正当性を繰り返し主張しているが、市場の反応は冷ややかだ。11月8日に予定されていた決算発表が4日、延期となったことで、オリンパスの株価は急落した。

 経営陣は、市場に翻弄(ほんろう)されるかのように、社長職に復帰した前会長の菊川剛氏が、わずか12日で辞任に追い込まれ、10月26日に高山修一新社長が就任した。

 その高山社長は会見で「不透明な支出に関して、反社会的勢力との関係を疑う声が出ている」と問われ、
「反社会的勢力は、まったく認識していない」
 とはっきり答えた。

 技術畑出身の高山社長が、どこまで事態を把握しているのかわからないが、この答えはあながちいい加減なものではないだろう。

 というのも、本誌は、この巨額資金の行方についてよく知る人物から、重要な証言を得たからだ。疑惑の発端は、日本でバブルが崩壊した1990年代初頭にさかのぼるという。

 当時を知る関係者が、声を潜めてこう話す。

「バブル崩壊のころ、オリンパスは財テクに失敗して巨額損失を出したのです」

 90年代初頭のバブル崩壊直後、多くの日本企業は財テク失敗による巨額損失を抱え、その処理に追われた。だが、多くが損失を計上するなか、オリンパスは独自の手段を講じたという。

「当時、オリンパスは野村証券を通じて、『ファンドトラスト(指定金外信託)』『特金(特定金銭信託)』といった信託取引を使って、デリバティブなどで運用をしていたが、損失額が100億円以上になってしまったのです。そこで、彼らは当時つき合いのあったパリバ証券(現・BNPパリバ証券)の担当者に、何とかならないかと相談した」(同前)

◆ケイマン会社が20~30年で償却◆

 パリバ側の担当者は元野村証券の事業法人部オリンパス担当で、92年12月にパリバ証券が、オリンパスの4億ドルにも及ぶワラント債(新株引受権証券債)を発行したことで関係ができたという。その担当者を中心に編み出されたのが、ケイマン諸島籍のペーパーカンパニーを使った"損失先送りスキーム"だという。

「彼らは、ケイマン諸島籍の『チャリタブルトラスト(慈善信託)』法人を作って、香港の銀行に口座を開いた。そして、その法人に、野村証券が運用していた不良債権を簿価で買い取らせた。その買い取り資金は、オリンパスが香港に新設した子会社がケイマン法人の社債を買い取る形で移動させる。オリンパスから出た資金をぐるっと一周させた結果、ケイマン法人には不良債権が残るが、それは、20~30年かけて償却していく予定だった」(同前)

 要は、オリンパスが損失を隠すために、ケイマン諸島籍のペーパーカンパニーに不良債権を丸ごと移したということだ。

 この関係者は続ける。

「いわば、"飛ばし"。ただ当時は、すでに証券会社による"飛ばし"や"損失補填(ほてん)"が社会問題になっていたが、まだギリギリ違法ではないと解釈して、このスキームを組んだ」

 うまくいけば、この"飛ばし"は表面化せずに済んだだろう。しかし、景気は回復しなかった。さらに、オリンパスが手を出した投資案件、たとえば00年から投資を始めた日商岩井(現・双日)の子会社「ITX」の買収なども、ただ損失を出しただけの結果になったと報じられている。

「結局、損失額は膨れ上がるばかりで、損失先送りスキームは完全に崩壊した。そして、その清算法として、企業買収の助言会社への報酬を水増しする案が浮上したというのです」(同前)

 実は、この経緯をよく知る人物が、もう一人いる。元野村証券のオリンパス担当で当時、パリバ証券にいたS氏が、自身のブログにこう書いている。

〈つい最近まで「財テク失敗」の後始末を「密かに」続けていた上場企業があったようです。それがオリンパスです。(中略)ほとんど実体のない事業会社3社を合計700億円で買収して即償却したのと、ジャイラス買収に際して支払った700億円の「巨額報酬」で一気に「最終処理」したつもりだったのでしょう〉

 すでに、ケイマンのペーパーカンパニーも消えているとの情報もあり、「粉飾隠しの可能性が高いのではないか」と指摘する市場関係者もいる。

◆秘密を共有する財務畑の幹部ら◆

 一連の疑惑は、証券取引等監視委員会や東京証券取引所など金融当局も調査を始めた。匿名を条件に、本誌の取材に応じた金融当局幹部はこう話す。

「ご指摘のとおり、90年代にあった財テクの損失隠しの穴埋めに使ったようです。ほぼスキームは見えた。あとは証拠を固めるだけです。粉飾は間違いない。これが会社ぐるみで行われていたのかどうかなど、今後は悪質性が焦点。場合によっては、上場廃止もあり得ます」

 粉飾決算となれば、もはや犯罪である。株主、そして市場に対する重大な背信行為ではないか。

 そして金融当局が指摘した悪質性に関連して、本誌は見過ごせない事実を指摘しておきたい。

 この"損失先送りスキーム"を作ったパリバ証券の担当者は現在、オリンパスの社外取締役になっている。さらに、スキームを作った当時のオリンパス経理部財務グループの担当者は、森久志副社長、中塚誠常務執行役員、そして山田秀雄常勤監査役である。

 スキームの存在を知っている当事者たちが"秘密"を共有したまま揃(そろ)って出世し、損失をひそかに処理しようとした--そう考えるのはうがった見方だろうか。

「93年5月の人事で、下山敏郎会長、岸本正寿社長の体制になったのですが、"損失先送りスキーム"はまさに彼らを守るためだったのでしょう。そして、それは菊川氏に受け継がれ、次は森氏と言われていたのです」(オリンパス関係者)

 企業買収に詳しい牛島信弁護士は、こう語る。

「一連の報道で解けなかった最大の謎が、なぜこれほどの巨額だったのかという点でした。ヤクザ絡みにしても、ケタが大きすぎる。もし『先送りした損失の穴埋め』ということであったなら理解できる。仮にそれが事実であれば、明らかに粉飾決算です。本来、損失計上すべき義務を怠っていたわけですから、有価証券報告書の虚偽記載になる。証券取引等監視委員会など司直の手が入る可能性があります」

 本誌が一連の事実関係について詳細に質問したところ、オリンパスは、
「(バブル崩壊のころの損失について)あったという事実が確認できないので、それ以外の質問にも、ご回答のしようがありません」(広報・IR室)

 野村証券は、
「当該企業とお取引があったかどうかも含め、お答えできません」(広報課)
 と答えた。

 取材中、ある企業経営者は本誌にこう話した。

「大王製紙の問題では、創業家の前会長が子会社から100億円を超す巨額の借金をして『オーナー会社』の弊害が声高に指摘されましたが、オリンパスの問題は、むしろ『サラリーマン会社』の弊害。法外な手数料を支払って会社に大損をさせるなんてことを、オーナーはしない。自分の会社ですから。保身しか考えないサラリーマン経営陣だから、できるのです」

 その大王製紙の問題は、東京地検特捜部が捜査に動く事態に発展した。そして、オリンパス問題では米連邦捜査局(FBI)が動いているとも報じられている。

 もはや国際的な日本市場の信用は落ちに落ちた。証券取引等監視委員会は、徹底的に調査すべきである。 (加藤真、本誌・鈴木毅)

週刊朝日