表現の自由に関する議論にまで発展した漫画「美味しんぼ」(小学館)騒動。福島での放射能リスクを描いたことが物議を醸したが、実は、かつて手塚治虫漫画でも放射能に関する記述で“異論”を招いていた。

 その漫画は「きりひと讃歌」。医学界を舞台に、陰謀に立ち向かう青年医師の運命を描いた社会派漫画だ。

 ある村で、顔が動物のように変化する原因不明の「モンモウ病」が発生する。青年医師が調査に乗り出し、自ら発病しながらも住民が飲む水が原因だと突き止めるというストーリーだ。

 初めて掲載された1971年のビッグコミック(小学館)誌上では、水の分析過程で「放射能障害」「核物質」という言葉が使われていた。だが単行本になり、版を重ねるうちに、これらの表現が一切消えてしまった。一例を挙げると、「水に微量の放射能」は「水に微量の結晶」に、「核物質などあるはずがない」は「振動する結晶などあるもんか」に変わった。

 病因の記述も、「一種の放射能障害による風土病」が「微量の結晶体の蓄積によってもたらされる骨変形をともなった一種の内分泌障害」に変更されるなど、放射能関連の言葉が計14カ所削除されている。

 この漫画のファンで、改変に気付き、昨夏、版権を管理する「手塚プロダクション」へ問い合わせた大阪市の梅野栄治さん(47)が言う。

「最初は『多数の読者から意見が寄せられたので手塚氏が表現を変えた』と言っていたが、やりとりするうちに『会社上層部に何らかの圧力があった。これ以上、お話しすることはありません』と回答が変わった」

 一方、本誌の取材に手塚プロは「圧力はない」と否定した。

「原爆被害者遺族から内容について『行き過ぎ』との指摘があり、手塚が表現を変えました。変更しても作品の訴える力は変わらないと判断したのではないでしょうか」(松谷孝征社長)

 食い違いはあるが、作者が亡くなった今では確認のしようもない。

「被爆者への配慮で手塚氏が表現を変えたのであれば、それも一つの判断。しかし、原子力関係者など社会的な力を持っている人たちがかかわっているとすれば、表現の自由の侵害です」(弁護士の井戸謙一氏)

 鉄腕アトムを描いた手塚氏は、原発反対論者だった。存命なら「美味しんぼ」騒動をどう見ただろうか。

週刊朝日  2014年6月6日号