『ヘル・フリーゼズ・オーヴァー [DVD]』
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『ヘル・フリーゼズ・オーヴァー [DVD]』
『Eagles Studio Albums』イーグルス
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『Eagles Studio Albums』イーグルス

 イーグルスのリーダー、グレン・フライが亡くなった。2016年1月18日、67歳だった。

 今回も、ボブ・ディランの来日のことを書こうと思っていたのだが、1994年のイーグルス再結成の際の来日コンサートを観たので、そのことを書こうと思う。

 イーグルスは、リンダ・ロンシュタットのバックバンドとしてあつまったメンバーを中心に、1971年にアメリカの西海岸で結成。《テイク・イット・イージー》がヒットし、76年には、『ホテル・カリフォルニア』を発表している。

 ただ、わたしはこの頃はまだブリティッシュ・ロックに夢中で、《ホテル・カリフォルニア》がいい曲だとは思ったが、一生懸命聴くことはなかった。77年に1カ月ほどロンドンにホーム・ステイし、パリにも寄っていることでも、アメリカよりもロンドンやヨーロッパに興味がいっていることがわかる。

 アメリカン・ロックをちゃんと聴き始めるのは、84年、わたしが27歳のときに知り合った女の子の影響が大きい。彼女は学生時代、ロック・バンドでベースを弾いていて、大きな音楽コンクールででよい成績を上げていた。プロのミュージシャンにならないかとの誘いもあったようだ。長身でもあったので、有名な女性バンドのベースに誘われたのだが、条件が、ガーター・ベルト姿で演奏するということだったので、考えるまでもなく断ったと言っていた。理由は、「わたしの足なんて、見せられないわ!」ということだった。

 その彼女から、イーグルスやドゥービー・ブラザーズ、オールマン・ブラザーズ・バンド、デラニー&ボニー、そしてこれはイギリス人だが、エリック・クラプトンのよさなどを教わった。もちろん、これらのバンドを知ってはいたけれど、そのよさには、よく気づいていなかった。でも、ブリティッシュ・ロックにはない、音楽の楽しさ、音が紡ぎ出す快感があることを知ったのだった。音楽や人生って、つきあう人の影響で、大きく変わっていくものなのだ。

 そして、1994年、イーグルスが14年ぶりに再結成し、3年にわたり世界ツアーを敢行する。日本にもやってきた。わたしは、チケット販売会社の販売関連セクションの課長になっていた。そのときの上司が、「イーグルスの立ち会いに行くぞ!」と言ってきた。
 チケット販売会社の社員というのは、大きなコンサートが開催される会場には顔を出すことが多い。もちろん、挨拶でもあるのだが、なにか問題が起こっていないか、起こっている場合の対処なども含め、現場に立ち会うわけだ。

 挨拶をすませた後、チケットをいただいたので、席に座って観ていけるということになった。販売系のわたしたちは、いつも会社にいて現場に行くことは少ないのだが、慰労の思いも少しはあったと思う。

 会場は、横浜アリーナだった。席は、アリーナだった。会場に入ると、ちょうど客電が消えた。暗くなった会場のアリーナの真ん中の通路を歩いていると、ステージが明るくなった。まだ席に行き着く前に、イーグルスのメンバーがステージに立ち、アコースティック版の《ホテル・カリフォルニア》を演奏しはじめた。

 DVDの『ヘル・フリーゼズ・オーヴァー』の中で、「解散じゃない、14年間オフをとってた」と言って始まるバージョンの、あの《ホテル・カリフォルニア》だ。

 あのときの光景は、今でも覚えている。

 グレン・フライに謹んで、哀悼の意を表します。 [次回2/24(水)更新予定]