職場トラブル、夫の転勤、DV……。「よい妻」「よい母」幻想に縛られて、社会から孤立し、家族以外との対人関係を避ける“ひきこもり主婦”たちがいる。近著『大人のひきこもり』(講談社現代新書)も含め、この問題に20年近く取り組んできたジャーナリスト・池上正樹が追った。

 夫の転勤などで親しんだ地域を離れ、新たな居住場所へ移っていく主婦も少なくない。そんななかで海外駐在員の妻が現地の日本人コミュニティに入れず、ひきこもるケースもある。

 Aさん(37)は東南アジアのコンドミニアムで4年間、小学生の子どもと一緒に暮らした。会社員の夫は別の国へ出張し、2週間ほど家に帰ってこないのが日常茶飯事だった。

「私は結局“ママ友”同士の付き合いが上手くいかなかったんです」

 最初は子どものために付き合いが必要と考え、ホームパーティーなどに頑張って顔を出した。学校の行事にも積極的に参加した。だが「一緒に行こう」と誘われ始めたころから、外出が億劫になっていった。

「その時は『行きます』と答えるんですが、当日になると行けない。仲良しができず、表面的な付き合いに疲れちゃったんです」

 家にいれば安全で、嫌な思いをすることもない。徒歩3分ほどの店に週1回出かけ、必要なものをまとめ買いする以外は、子どもが熱を出した時に病院に行く程度。夫は始終不在だった。

「やる気が起きず、子どもが起きているのに私は寝てたり、遊びに行きたがっても『一人で行っておいで』と断ったり。時間はたっぷりあって元気なんですけど、いつも気持ちが乗らない感じでした」

 夫は現地の友人たちといきいきと活動し、毎晩深酒して帰ってきた。たまに一緒に外出しても言葉が通じず、交われない。同じ家で暮らしながら、別の世界に住む人のようだった。

 そんなAさんは帰国直前になって、ママ友たちを“勘違い”していたことに気づいた。Aさんは「他の駐在員妻たちも余裕がないはず」と思い込み、自分の悩みを誰にも言わなかったが、「私も悩んでいた」と他の妻たちが送別会を企画、「声をかけられずごめん」とプレゼントをくれた。

「もっと早く打ち明けていたら、まったく違う4年間が開けていたかも」
 
 帰国と同時に夫と離婚したAさんは振り返る。

「主婦って、ひきこもっていても誰も困らないんですよ。旦那も家にいてもらったほうが遊びに出かけられるし、飲みにも行けて都合がいい。実家の親も事故やトラブルに遭わないから安心する。外に出るには服や化粧品が必要だし、ディナーを食べたりしてお金がかかる。ひきこもりは要するに経済的なんです」

週刊朝日 2015年1月30日号より抜粋