建築家が白い目で見られる時代である。例の新国立競技場のことだ。たくさんの異論や批判を無視して、見切り発車でことが進む。すべてがなし崩し的に既成事実化していく。デザインしたザハ・ハディドを責めてもしかたない。彼女は応募しただけだ。責任は選んだ側にある。だが審査委員長の安藤忠雄は沈黙したまま。その無責任ぶりにがっかりする。建築家は自分のつくりたい建物さえできれば、ほかはどうでもいいのか。
 でも身勝手な建築家ばかりじゃない。たとえばレム・コールハースのエッセイ集『S,M,L,XL+』を読むと、都市と建築の関係について、深く考えさせられる。
 彼にはグラフィックデザイナーのブルース・マウとつくった『S,M,L,XL』という分厚い著作がある。本書はその中から都市論に関する文章を抽出し、新たな文章を収録したもの。ちくま学芸文庫のオリジナルだ。
 オランダのロッテルダムに生まれたコールハースは、建築家になる前、ジャーナリストおよび脚本家として活躍していた。本書もかなりジャーナリスティックだ。
 たとえば日本滞在中の経験を、詩のようなスタイルで書いた「日本語を学ぶ」には、東京の第一印象として「だだっ広い。醜悪であることを恥じていない」なんて辛辣な言葉がある。
「日本では何もない自由時間に仕事が組み込まれているのではなく、仕事という基本体制から掘り出された例外的な状態を自由時間と言う」と指摘されると納得する。
 圧巻は最終章の「ジャンクスペース」。38ページを改行なしでラップのように言葉がほとばしる。近代化が生みだす建物は近代建築じゃなくてジャンクスペース。「がらくた空間」と訳され、「人類が地球に撒き散らすカスである」とコールハースは述べる。新国立競技場は新たなジャンクスペースとなり、東京をジャンクスペースにするのだろうか。ちなみにコールハースはハディドの師でもある。

週刊朝日 2015年7月17日号