話をA子さんとBくんに戻そう。

 Bくんもかつて、児童相談所に一時保護された経験を持つ。土曜日に持ち帰った上履きがランドセルに入れっぱなしになっていたことに母親のA子さんは激怒して、上履きでBくんの顔を叩き、B君は赤く腫れあがった顔のまま登校。学校からの虐待通告により、そのまま一時保護された。

 Bくんの話によると、児童相談所の生活は、決して安心して過ごせる場所ではない。

 職員は子どもを名前でなく番号で呼び、子ども同士の私語は禁止されていたという。服も下着さえも施設が用意したものに着替えなければならず、もちろん携帯電話の使用も持ち込みすらもできない。一緒に保護されている子どもたちは虐待の被害者もいれば、非行で保護されている子もいるわけで、職員は子どもたちのケアというよりも、管理で手一杯という印象を受ける。私語禁止と言われても、職員の目を盗んでいじめもあるという。

 子どもがたった一人で保護されて、そこが安心できる場でなければ、多少父親にひどい目に遭ったとしても、慣れ親しんだ家で大好きなお母さんと暮らしたいと思うのは自然だろう。それでも保護してほしいという子どもには、よっぽどの事情があると考えないといけないのだ。

 A子さんは自分のしてしまったことを深く反省し、今後は二度と子どもに暴力を振るわないと約束し、Bくんも家に帰りたいと強く希望したため、児童相談所での何度かの面談を経て、早い時期に家に帰ることができたそうだ。しかし、この間に、A子さんの夫は仕事の多忙を理由に一度電話で事情を聴かれただけだったという。児童相談所は、A子さんによる子どもへの身体的虐待だけに注目し、その背景について訊ねることはなかったのだ。

 Bくんが帰宅した後、この家族への介入は終了し、案の定A子さんが夫から受ける暴力はエスカレートした。同時にA子さんはBくんへの虐待を止めることができず、いっそ子どもを手放した方がお互いのためなのではないかと考えて、知人のつてをたどって私の事務所に相談に来た。その時にBくんが私に話してくれた彼の気持ちが冒頭の言葉だった。

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母が「この子さえいなければ」に至る危険な思考回路