ちなみに、私は「大学に馴染めなかった」ほうなので、どちらかというと「ヤンキー」に近いかもしれませんね。自分では「東大出の高卒」って言ってますけど、こう見えて「努力」とか、意外と好きなほうだからさ(笑)。

 で、最後に、ちょっとだけ真面目なことを言うとさ、さっきも言ったように、私の考える「知性」って、生き物のように変化し続けるものなんですね。一回できあがった知性は、既にその時点で方向づけられているから、その時々のクダラナイものを吸収してもう一度変わらなきゃいけないし、その過程で吸着した「ゴミ」が突然知性に変わることもある。別の言い方をすれば、そういうプロセスを絶え間なく繰り返すことが、私の考える「知性」なんです。

 知性を堅固な壁や塔だとは思わず、生まれては消える蚊柱のようなもんだと考えりゃいいんです。「知性」とはそういうものだから、あなたは「自分」を信じればいい。「自分」を信じる以外に足場はないんです。だからこそ「自分」を疑うんだけど。

 固まった「方向性」にこだわらずに、自分の周りにあるいろんなものを見て、感じて、自分で考え続けることでしか本当の「知性」は生まれない。20世紀という時代は終わって、日本の「近代」を形作ってきた「古い知性」は、とっくの昔に賞味期限切れなんですから……。(取材・構成/川喜田研)