大幅な円安と株価上昇を引き起こしたアベノミクス。だが、そんなバブル状態も雪崩を打って下落するかもしれないと、著名な投資家が”警告”したが、真相はどうか? 早稲田大学国際教養学部教授の池田清彦氏が解説する。

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 アベノミクスのインフレターゲット年2%という命を受けて、黒田日銀総裁はマネタリーベースを2年間で2倍にするという決定を行った。要するに日銀が市中銀行から国債を大量に買い入れて、市中銀行の日銀当座預金残高を大量に増やすという話だ。単純に考えて、市中銀行の日銀当座預金に金があふれたとしても、企業がこれを借りてくれなければ、実際に世の中に回る金(マネーサプライ)は増えないわけで、本当に効果があるのかしら。

 景気がよければ、消費者はお金を使い、企業は設備投資のために銀行から金を借りて、マネーサプライが増えてインフレが進行するという筋書きは素人でもよくわかる。でもねえ、マネタリーベースが増えれば、マネーサプライが増えて、インフレになって自動的に景気がよくなるなんて話は信用しろという方が無理だわ。なんてったって今は、現実に景気が悪いんだから。

 国家公務員や地方公務員の給与を引き下げて景気をよくする(すなわちお金をどんどん使ってもらう)ことは不可能である。どうせ赤字国債を発行するのであれば、その金で国家公務員の給与を20%くらい増額したらどうですか。国家公務員の人件費の総額はたかだか5兆円(2012年度)なのだから。先日も地方に講演に行ったら、公務員の方に、給与は下がるわ、ガソリンは上がるわで余分な物を買うお金はありません、とぼやかれた。確かに円は安くなり株も上がり、一部のお金持ちは儲かるかもしれないが、貧乏人がおこぼれに与(あずか)る前に、バブルがはじけるのは必定だと思う。市中銀行の日銀当座預金は借り手がいなければ、株や不動産などに注入されて、またぞろおかしなことになるに違いない。

 一番怖いのはもちろん、日銀が無制限に国債を買い入れれば、円安の進行が止まらなくなり、インフレが極度に進行することだ。著名な投資家のジョージ・ソロスは、円安が進行して、日本人がお金を海外に移したいと考えだしたら、円は雪崩を打って下落するかもしれないと、黒田日銀の極端な金融緩和に懸念を表明しているという。

 確かに1ドル=100円前後で推移していれば、輸出関連企業は一息ついて、景気にも好影響を与えるだろうが、ソロスの言うようにひとたび円が雪崩を打って安くなりはじめ、輸入製品が値上がりして、ガソリン1リットル300円、パン一切れ100円といった狂乱物価になれば、貧乏人は大変だ。そうなる確率は相当高いと思う。私は余命いくばくもないのでどうでもいいけどね。

週刊朝日 2013年5月3・10日号