またある時は、70歳の老婦人から、「終活として移住先を探すために、ひとりで10カ月の世界一周をしたい」という相談を受けた。しかも、「旦那が反対するため、最初は短期旅行といつわって旅立ち、旅先から世界一周を打ち明けたい」という、厄介な条件付きだ。

 普通だったら反対してしまうところだが、森さんはたじろぐことはない。
「移動手段や治安まで、様々な相談にのりました。長期滞在の候補地として、スペイン、ベトナム、クロアチア、アイルランドを提案しながらルートも組みました。終活の場所はどうなったかわかりませんが、無事に帰国されています」

 来客からは、「旅の為に仕事をやめるべきかどうか」「旅の後の仕事は見つかるか」といった質問も受ける。

「こういう相談の場合、本心は決まっていることが多いので、背中を押すことを心がけています。そのためにまず、現在の仕事のキャリアが、どれだけ見えているかをヒアリングした上で、『仕事を辞めて旅に出て、後悔した人に会ったことがないこと』や『帰国後は、皆がきちんと社会復帰していること』などを伝えると、だいたい旅立ちます」

 このように森さんは蔦屋書店に集まるお客さんたちから、どこの国の話を聞かれても自信を持って対応できるようになっていた。「世界を体験して理解したい」という、当初の森さんの夢は実現し、多くの人の背中を押しているのだ。

コロナ禍を通じて強くした思い 「行きたい場所に行く」

 世界三周をした旅の達人・森さんは、コンシェルジュとしていったいどんな旅本を取り扱っているのだろうか。
「蔦屋書店は高い提案性をもつ書店なので、ライトな旅の本から狭い場所を掘り下げた本まで、旅と世界をいろんな角度から楽しめる売り場を作っています」

森さんが管理する旅行本コーナー(撮影/丸山ゴンザレス)
森さんが管理する旅行本コーナー(撮影/丸山ゴンザレス)

 蔦屋書店では、コロナ禍でガイドブックの売上が落ち込むなか、代わりに「旅の読み物」を前面にだして売り上げを伸ばしているという。

 オススメ本として挙がったのが、幻の旅行記と称される『世界の使い方』。著者であるニコラ・ブーヴィエがフィアットを運転し、ジュネーヴからユーラシア大陸を横断する紀行だ。森さんいわく、「旅することが人間の本質だと思わせる一冊」。

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コロナ禍で見出した「旅」の本質