グローバル化による人々の移動は感染症の蔓延と表裏一体だ ※写真はイメージです(gettyimages)
グローバル化による人々の移動は感染症の蔓延と表裏一体だ ※写真はイメージです(gettyimages)

 2019年暮れに始まった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の嵐も終盤に差し掛かった感がある。

【写真】女性とワインとコーヒーを愛し、壮絶な運命を遂げた大作曲家はこちら

 もちろん、これからも新たな変異によって抗ウイルス薬、ワクチンを逃れる株は出現するであろうが、既感染者や被接種者の増加によって集団免疫が形成されるとともに、ウイルスのほうとしてもそうは無限に変異を繰り返せない。異なった株の間で遺伝子セグメントの交換を行うインフルエンザウイルスと違って、連続的な変異をしていくコロナウイルスは、あまりに大きな変異を重ねるとウイルス自体の性質が変わってしまうからである。我々としてはウイルスのモニタリングに加えて、患者さんへの啓発とワクチン接種を続けることで油断せずに新規感染を防ぐこと、さらにLong COVID(後遺症)を防ぐ方向に進んでいくであろう。

 今回のCOVID-19はちょうど100年前、スペイン風邪ともいわれた「スペインインフルエンザ」に比較されることが多い。実際、記録に残る限り最も多くの犠牲者を出した感染症はスペインインフルエンザであり、全世界の犠牲者は5000万人とも1億人ともいわれる。これに比すべきは、死者の絶対数は少なくとも人口比でこれ以上に大きな犠牲者が出した14世紀のペストである。

中世のグローバル化

 昨年6月、独マックス・プランク進化人類学研究所、独テュービンゲン大学、そして英スターリング大学の研究グループは、中世に大流行したペスト菌の起源を、キルギスタンのKara-Djigach墓地に埋葬された故人骨から同定した。

 研究グループは、この地域で1338年に墓碑の数が急増していることから、被葬者の遺骨を発掘、7体について人種的背景を確認した後に、ゲノムに混在しているペスト菌を検出したのだった。さらに、ペスト菌のゲノムシークエンスを確認し、これが同じ菌株であること、そして古代から現代までのペスト菌と比較し、1340年代にヨーロッパで大流行したペストに類似していることが判明した。

 8年後にヨーロッパでパンデミックを起こしたBranch1系統と、他の地域に見られるBranch 2、3、4との共通の先祖であることから、この墓地に埋葬された犠牲者からさらに20年ほど遡る1317年ごろに、現在のカザフスタンから中国西部に広がる天山山脈周辺で中世のペスト菌が発生したことが判明した。中央アジアで発生したペスト菌は、地域での短いエンデミック(一定期間で繰り返される流行)を起こした後、ヨーロッパに伝播して人口を半減させるほどの災厄となったのだった。

著者プロフィールを見る
早川智

早川智

早川智(はやかわ・さとし)/1958年生まれ。日本大学医学部病態病理学系微生物学分野教授。医師。日本大学医学部卒。87年同大学院医学研究科修了。米City of Hope研究所、国立感染症研究所エイズ研究センター客員研究員などを経て、2007年から現職。著書に戦国武将を診る(朝日新聞出版)など

早川智の記事一覧はこちら
次のページ
グローバル化は感染症の蔓延と表裏一体…