エッセイスト 小島慶子

 タレントでエッセイストの小島慶子さんが「AERA」で連載する「幸複のススメ!」をお届けします。多くの原稿を抱え、夫と息子たちが住むオーストラリアと、仕事のある日本とを往復してきた小島さん。日々の暮らしの中から生まれる思いを綴ります。

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「しあわせ」という言葉を辞書で引いたら、1番目に書いてあったのは意外な意味でした。「(1)めぐり合わせ。運命。なりゆき。機会。良い場合にも、悪い場合にも用いる。(2)幸運であること。また、そのさま」(日本国語大辞典)。そうだったのか。昔よく聴いていた歌を思い出しました。「それもきっとしあわせ」(鈴木亜美joinsキリンジ)。不思議な明るさをたたえた寂しい曲です。そのためになら不幸になってもいいと思えるほど大切なものに巡り合えるのは、そうでないよりもうれしいことではないかしら。そう思いながら一緒に歌っていた頃の気持ちを思い出して、ちょっと切なくなりました。

 辞書の一つ目の意味で言えば、しあわせとは思うようにならない人生そのもの。昔話の「そして二人はいつまでもしあわせに暮らしました。めでたしめでたし!」は、「そして二人はなるようにしかならない人生を一生懸命生きました。実に尊いことですね!」ということなのかな。

初めて会った間柄でも、一緒に生きた時間を持てた幸福な春の日でした(写真:本人提供)

 先日縁あって、ある高齢者施設で疑似ラジオのようなトークイベントを行いました。入居されている方々や介護職員さんから仮名で投稿を集め、それを食堂に集まった皆さんの前でラジオ番組のように紹介したのです。お体の具合の悪い方も、思うようにお話しになれない方もいます。投稿には、孫が可愛くて仕方がないとか、窓から見えるお山がきれいという身近なお話もあれば、人間関係のお悩み告白も。どうしようもない巡り合わせでつらくなってしまう経験は私にも覚えがあります。家族の話になると、皆さんそれぞれに思い出すことがあるご様子。その場でお話を聞かせてくれる方もいました。偶然のしあわせを、懸命に生きているのは皆同じ。うんと年が離れていても、初めて会った間柄でも、束の間一緒に生きる時間を持てた幸福な春の日でした。

AERA 2024年4月22日号

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小島慶子

小島慶子

小島慶子(こじま・けいこ)/エッセイスト。1972年生まれ。東京大学大学院情報学環客員研究員。近著に『幸せな結婚』(新潮社)。共著『足をどかしてくれませんか。』が発売中

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