鴻上尚史さん(撮影/写真映像部・小山幸佑)

 幼少期から母親に暴力を振るわれたり、暴言を吐かれたりしてきたという37歳女性。就職を機に家を出て、母親との関係も疎遠になった。しかし、いまだに母親の「呪縛」から逃れられないと感じているという相談者に、鴻上尚史が送った、呪いを解きほぐす方策とは。

【相談217】「母のようになりたくない」 という気持ちで人生が縛られています。どうすればこの呪縛から逃れられるでしょうか(37歳 女性 ゆん)

「母のようになりたくない」 という気持ちで人生が縛られています。

 私の母は過干渉でヒステリックで暴言や暴力もある人です。子供の頃は殴られて鼻血を出したり、風邪なのに放置されたり、ベランダに追い出されたこともよくありました。私から見ると母・妹・祖母は似たような性格で、学がないのに見栄っ張りで友人もおらず趣味もなくお金の管理が下手で文句が多いです。

 私は幼少期から母が苦手で、学生時代はバイトをしてなるべく家に帰る時間を遅くし、就職と共に家を出ました。一人暮らしをして初めて、朝から八つ当たりで嫌な思いをしない! 暗い気持ちにもならない! こんな自由があるのか!と感動しました。

 日々を穏やかに過ごせるようになり、文句も言われずに自分の給与でやりくりを考えて生活出来ることを誇りに思いました。(常に性格・容姿・趣味・ファッション・好きな人・選んだ進路をボロクソに言われ続け、生活できるだけで喜べるほど自尊心が低かったのです)

 母と距離をとることで、年に一度会うか会わないかの機会や法事でも波風を立てずに会話し、関係を悪化させずにやってきています。

 何事も尊重して進学の援助や進路の応援をしてくれた父との関係は良好で、大人になってからやっと母に受けた冒頭の虐待スレスレのしつけを父に話すことも出来ました。

 しかし乗り越えたように見えて、私の人生は未だに母に縛られていることを時々思い知ります。

 仕事では、後輩が増えて出世し部下が増えて、チームを持たないか? 企画をやらないか?と様々な打診が来ますが「母のように当たり散らしたりしないだろうか」「心無い言葉で周りを傷つけないだろうか」 と不安が大きく喜んで引き受けることができません。

 プライベートではより「母のようになりたくない」 という思いが強く、妊娠したかもと思った時は「親になる資格がない! 絶対に堕ろさなければ」 と震えました。事情を知ってくれているパートナーと結婚しても出産はしないと固く決めています。

 母と似た性格の妹が出産した時は「子育てに向いてないのに何故同じ思いをする子供を増やすのか」 とも思ってしまい心から祝福出来ませんでした。

 私と母は別人で、容姿も性格も全く違うことは理解しているのです。一緒に過ごした時間も人生のほんの僅かなのに、ふとした時に「私はいま母のようではなかったか?」 と常に影のように付きまとわれています。

 どうすればこの呪縛から逃れられるでしょうか。

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鴻上尚史

鴻上尚史

鴻上尚史(こうかみ・しょうじ)/作家・演出家。1958年、愛媛県生まれ。早稲田大学卒。在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ。94年「スナフキンの手紙」で岸田國士戯曲賞受賞、2010年「グローブ・ジャングル」で読売文学賞戯曲賞。現在は、「KOKAMI@network」と「虚構の劇団」を中心に脚本、演出を手掛ける。近著に『「空気」を読んでも従わない~生き苦しさからラクになる 』(岩波ジュニア新書)、『ドン・キホーテ走る』(論創社)、また本連載を書籍にした『鴻上尚史のほがらか人生相談~息苦しい「世間」を楽に生きる処方箋』がある。Twitter(@KOKAMIShoji)も随時更新中

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