私たちが生きていく上で必要なもの(イラスト:サヲリブラウン)

 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

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 日系アメリカ人のスタンダップコメディアンAtsuko Okatsukaさんのショーを観に、大阪まで行ってきました。ラジオ終わりで新幹線に飛び乗り、のぞみの最終でとんぼ返りする弾丸スケジュール。いやあ、無茶してよかった! おなかを抱えて大笑いしました。

 彼女を知ったのはインスタグラムのおすすめ動画。数年前からスタンダップコメディの配信動画をよく観るようになったので、出てきたのでしょう。アルゴリズムも、たまにはいいことをしてくれる。

 Atsukoさんは台湾人の母親と日本人の父親を持ち、台湾に生まれ幼少期を日本で過ごしたのち、8歳で母と祖母とともにアメリカに移住しました。現在は、生き馬の目を抜くようなアメリカのスタンダップコメディ界にて大活躍中。ワールドツアーに日本も含まれると知ったときには、喜びで跳び上がりました。

 おかっぱヘアにとぼけた表情。訥々(とつとつ)とした語り口調で、Atsukoさんは自身の生い立ちや、アメリカのアジア系あるあるを面白おかしく話す。わかりやすくたとえるなら、ちびまる子ちゃんが大人になったような感じです。

 スタンダップコメディ鑑賞歴は浅い私ですが、人生に苦難がある人のショーは見応えがあることはわかります。マイノリティが輝ける舞台のひとつと捉えています。

 艱難辛苦をその通りには伝えず、あえて皮肉やユーモアをまぶして語る。日常のどこにどんなスポットライトを当て、どう語るかの技量が問われます。観察力や言語化力、表現力だけでなく、観客が思わず噴き出してしまうような間とテンポを自在に操り、パンチラインで笑いを生む力が必要なのです。

 現実から目を背けるのではなく、笑いに昇華する。しかし、皮肉の視点は忘れない。その力こそが、私たちが生きていく上で必要なもの。

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ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

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