エボラ出血熱の治療に従事した日本人看護師、大滝潤子さん(38)が帰国した。彼女の語る西アフリカ・シエラレオネの治療現場は、あまりにも壮絶だ。

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──シエラレオネの東部カイラフンに、国境なき医師団(MSF)は「エボラ出血熱対策プログラム」の治療施設を建設しました。テントがずらっと並んだ写真を見ました。

大滝さん:エボラ出血熱は感染力が強いため、治療施設は、人里離れた、隔離された場所でないといけません。村から離れた場所に、ジャングルを切り開いて造ったのです。流行が収束したら、施設自体も全部消毒して処分する必要があるので、テント。テントですが、治療施設としての機能は十分あります。テントの下の地面に分厚いシートを敷き、簡易ベッドを並べています。80床を50人のスタッフでみていました。私の仕事は、現地の看護師の訓練や指導と、私自身が一人の看護師として働くこと。

──毎日どのくらい、新たな患者が運ばれてきましたか?

大滝さん:だいたい5人くらい、多い時は1日に17人来ました。救急車に10人くらいぎゅうぎゅう詰めで、運ばれてきたこともあります。着いた時には死んでいた人もいました。身分証明書を持っていないと、どこの誰かもわからず、エボラかどうかの検査だけして、そのまま遺体安置所に運ばれていきました。

──目の前で患者さんが亡くなるのを見るのはつらいですね。

大滝さん:テントの中でも毎日、死者が出ます。とても悲しいことですが、(死が)あたりまえのことになってしまう。いちばんひどい日は、1日に10人亡くなりました。その日は、とても暑い日で、テントの中は本当に暑い。症状が軽い人は外に涼みに出ることもできますが、重い人は外にも出られず、脱水症状が進んだと思います。スタッフがテントに入るたびに、ここにも、ここにもと見つける。脈がなく、瞳孔が動かず、息もしていないことを確認、死亡と報告します。 目が充血したり、鼻血が出たりして出血がわかる人もいますが、体の外はきれいなままで、衰弱して亡くなる人もいます。体の中はわかりませんが。

 遺体は消毒して、密閉バッグに入れ、遺体安置所に置かれます。数日に1回、政府と赤十字のチームが来て、もう一度、上から下まで消毒して、トラックに積んで運びます。施設から徒歩3分のところに、エボラ出血熱で亡くなった人のための墓地があり、埋葬されます。

AERA  2014年11月3日号より抜粋