落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「花見」。

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 敷物を敷いて、酒飲んで、ご馳走食べて……みたいな花見はとんとご無沙汰だ。会社内の付き合いがない自由業者にとって、花見というイベントは「時間」と「思い切り」がないと難しい。

 花見の場所取りなんていう「ビーチフラッグ」は、上から強制的にやらされるか、クスリでもやってるかのようなアグレッシブさがないと、とても出来ない行為だと思う。

 だから寄席の空き時間に散歩ついでに花見をする。ワーキャー騒いでる宴会の間を歩きながら、「オヤオヤ、やってますなぁ(笑)」と声には出さず、花と人を愛でる。いわば「花見・見」である。

 鈴本演芸場から浅草演芸ホールへ掛け持ちの時は、上野公園へ「花見・見」に寄り道だ。

 七十がらみのおじさん二人が一升瓶を脇に、茶碗酒を酌み交わしながら碁を打っていた。碁盤に碁石、ここまで運ぶの重かろう。二人は本気。

 桜の花びらがひらひらとおじさんたちの薄くなった頭頂部に2、3枚。たくさんいる花見客の中で、よりによってこのおじさんに落下する花びらたち。その身を嘆くどころか、楽しげに軽やかに着地した。花びらは客を選ばない。「いい芸人」だ。空から光量控えめのスポットライトが当たる二人きりの空間。「すがれてる」とはこのこと。つまみはじゃがりこ。絶妙なズレ具合がまたいいじゃないの。

 勝負を見届けたかったが、その間もなく散歩客の流れに押されていく。

 20代と思しきカップルが差し向かいで黙りこくってる。

 桜の下で別れ話か。酒肴を持って二人で来ている……ということは、ついさっきまで仲が良かったということだ。何があったのか。男子のほうが泣きそうだ。花見の不手際が原因か? 確かにゴミ捨て場の脇でいい場所とは言い難いが、別れるには早すぎるんじゃないか。おじさんが間に入ろうか(笑)……なんて戯れに思っていると、またまた流れに押されていく。二人にも花びらが「まぁまぁ」とばかりにひらひらひらひら。

 
 いくつかのファミリーが集まって花見。母親たちはお喋りに夢中、父親はそれぞれ退屈しのぎにビールを飲みながらスマホ。

 子供たちは、隣の酔っ払った学生たちにかまってもらって、それはそれで適当に楽しそう。

 こういう思い出って意外と後々まで残っているものだ。学生も嬉しそうに、ケラケラ笑いながら花びらを掌に集めて、掛け合いが始まった。父親たちは「任せたよー」とばかりに指でスマホの液晶をこすり続ける。母親たちはそれにも気がつかず、喋り続ける。花びらが「ま、それもいいでしょ……(呆れ)」と、ひらひらひらひらひら。

 高校生くらいの白人の女の子が携帯で動画を撮りながら「花見・見」をしている。独り旅か。国で待つこの子の家族が、遥か異国の地で、囲碁おじさんや土俵際カップルや花びらまみれの子供たちを目にするのだろうか。

女の子「日本のお花見よ!!」
父親「なんかごちゃごちゃしてるけど……やっぱりチェリーブロッサムは美しいなぁ」

 てなこと言うだろか。

 私は花の下の「ごちゃごちゃ」を見るのが好き。桜はどんな「ごちゃごちゃ」にもまんべんなく降り続ける。それがいい。今年はあと何回「ごちゃごちゃ」が見られるかな。

週刊朝日 2017年4月14日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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