作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。北原氏は留置場にいる人の選挙権について、経験談をもとに綴る。

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 2014年の冬、私が事件に巻き込まれ逮捕された時、衆議院議員選挙の投票日が11日後に控えていた。

 日本の司法制度では、一度逮捕されると最長で23日間、留置場に拘束される可能性がある。というか、その可能性はかなり高いということを弁護人に教えてもらい、言葉を失った。え、じゃ、私、投票できないの?というか、手錠かけられている時点で、お前の未来どうなるんだよ、という問題なのだけれど、とにかく私の選挙権の行方が気になったので、留置場に入れられる直前、私の持ち物検査をした職員に「投票できますか?」と確認した。そうすると、

「投票所まで連れていくけど、縄はついたまま。いいの? 目立つよ?」

 と言われた。

 人間は現実が最悪だと、ささやかな権利にうっとりするものである。その時の私は「よかった! 行きます!」と、心から安堵したのだった。思えば、あれほど投票できるのが嬉しい!と思ったことは、後にも先にもないかもしれない。

 しかし、次の日に慌てた感じで職員が私のもとにやってきた。

「確認したところ投票所に行くのは、選挙前日や当日に逮捕された容疑者のみ。あなたは期日前投票しかできない」とのこと。

 選挙などそう多くあるわけではないから、警察みたいに、厳密なルールに警察官自身が心身共に拘束されるような職場でも、こんな勘違いを職員の人がするんだなぁ、と思った。この時は、私の現住所は留置場として、期日前投票の手続きをすることになった。刑が確定していない人や、留置場にいる人たちは、そのように投票しているのだ。

 
 それでも、どのくらいの人が、檻の中から投票しているんだろう。私が見る限り、そこは、苦労が顔ににじみ出ている外国人労働者、薬物中毒の患者、貧困と無関係ではない罪に問われた女性たちがほとんどだった。念のため「投票する人、どのくらいいるんですか?」と、聞くと、「ほとんどが棄権するね」とのことだった。

 結果的に留置場からは3日で出られたので、私は投票日に普通に投票しに行った。小学校を利用した投票所に立ちながら、ここに風呂もきちんと入れず、スリッパはいた灰色のスウェット姿の女が、縄につながれて入ってきたら、ぞっとされるだろうな……と思った。そんなことを考えながら、私は、本当にこの国が嫌だ、うんざりだ、と思っていることに気がついた。理不尽なことが多すぎる。悲しいことが多すぎる。傷ついている人が多すぎる。こんなにおかしな国を変えるのに、いったい何千年かかるって話だよ! という気持ちになる。それなのに投票することでしか、自分の意思を政治に反映できない。心から悔しい気持ちで、だけど心から当選してほしい人の名前を、ゆっくり書いた。

 この原稿を書いている時点で、7月10日の選挙の結果はわからない。どうか、人の痛みに寄り添い、最も弱い人の声が届く政治を、私たちが選べますように。

週刊朝日 2016年7月22日号

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北原みのり

北原みのり

北原みのり(きたはら・みのり)/1970年生まれ。女性のためのセクシュアルグッズショップ「ラブピースクラブ」、シスターフッド出版社「アジュマブックス」の代表

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