ジャーナリストの田原総一朗氏は、イスラム国問題で言論の自由を狭めてはいけないと指摘する。

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「イスラム国(ISIL)」がヨルダン軍の戦闘機パイロット、ムアーズ・カサースベ氏を焼き殺す映像が2月4日未明(日本時間)にネット上で公開され、ヨルダンは同日、サジダ・リシャウィ死刑囚の刑を執行した。ヨルダンの国営テレビはカサースベ氏が1月3日に殺害されていたことが確認されたと伝えた。

 それにしても、1月20日に湯川遥菜氏と後藤健二氏が捕らわれた様子を映した動画をインターネットに公開して以来、ISILはいったい何を求めようとしているのか。

 ISILは当初、安倍首相がエジプトで2億ドルの人道支援を表明したことを、ISILへの敵対行為であるとして、同じ金額を72時間以内にISILに支払えと要求した。ところが、1月24日には湯川氏を殺害したとして、ヨルダンに収監中のリシャウィ死刑囚と後藤氏を交換しろと、要求内容がガラリと変わった。資金の要求はそれなりにわかるが、それがなぜ死刑囚との交換に変わったのか。なぜ湯川氏を殺害したのか。いったい本当の目的は何なのか。日本政府も「全力をあげて後藤氏の生命を救う」と言いながら、ISILの思惑がわからなくて振り回された感じであった。

 ヨルダン側がISILに対し、リシャウィ死刑囚釈放より先にカサースベ氏の生存の確認を求めたのは当然であった。だがカサースベ氏の生存は確認できないまま、世界中がなりゆきを見守る中で、2月1日に後藤氏が殺害された映像がネットで公開された。そして2月4日には、カサースベ氏が焼殺される残酷な映像が公開されたのである。

 一連の出来事はまったく一貫性がなくバラバラだが、つまりはISILは自分たちの存在、そして残酷なやり口を世界中にアピールしたかったのではないか。その思惑は、使いたくない言葉ではあるが、一定程度、功を奏してしまったともとれる。

 もっとも、日本とヨルダンとの関係を裂く、あるいは日本政府から身代金を出させることで、日本とアメリカとの関係を裂こうと図ったのだとすれば、それは失敗に終わったといえる。

 ところでISILは、日本人を容赦なく殺すと、いわば戦闘宣言をした。こうなると、言論の自由が狭められる危険性がある。たとえばISILがらみで安倍首相など政府幹部の言動を批判すると、「利敵行為」、つまりISILの味方をしていると非難される恐れがあるのだ。

 たとえば2月4日の産経新聞は、安倍首相の中東歴訪での言動がISILによる日本人の人質殺害の口実を与えた可能性があると指摘した民主党の枝野幸男氏、共産党の小池晃氏、社民党の吉田忠智氏、生活の党の小沢一郎氏などを、「『イスラム国寄り』? 発言」として批判的に報道している。

 確かに、ISILに対する首相や政府幹部の言動と野党や国民の思いに食い違いがあることは、ISILにとっては歓迎すべきことになるのかもしれない。だが、野党というものがなく、国民の批判を受けつけなかった政府が取り返しのつかない誤った戦争をやってしまったことを、私の世代までの人間は嫌と言うほど知っている。

 そして、日本は制限のない言論の自由があるからこそ、欧米だけでなく、言論の自由が制限されているイスラム教の国々からも信頼が得られているのである。

週刊朝日 2015年2月20日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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