子連れだとより、簡単な解散がありがたい(写真/gettyimages)
子連れだとより、簡単な解散がありがたい(写真/gettyimages)

 アメリカで暮らしていると面倒事がいろいろありますが、日本に住んでいたときよりラクになったこともあります。そのひとつが、「解散」です。

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 どういうことかといいますと、たとえば友人とカフェでお茶をしたとき。お会計を済ませ、店を出る。その後友人は店の東へ、自分は西へと向かうとしましょう。そういう場合、ではさらばといきなり立ち去る日本人は少ないのではないでしょうか。多くの人は、お互い背後の相手に手を振りながら別れます。「今日は楽しかったね」「ほんとにね」「また会おうね」「うん会おう」などと言いながら半身をねじって後退する様子は、絶対に背後を取らせない忍者のようであるとかないとか。

 あるいは、自宅に人を招いたとき。そろそろお開きと相成ると、主人は客人を玄関まで見送りに行きます。「今日は楽しかったね」「招待ありがとう」「また来てね」「いや次は我が家に」と会話を交わしながら、客人は主人に背中を見せないよう、ゆっくりじわじわ退出します。主人のほうも、バタンと音を立てて閉じないようにドアをゆっくりじわじわ閉めていきます。お互いドアの隙間から相手の姿が見えなくなるまで、笑顔で手を振り続けます。

 ビジネスの場でもそうです。私が以前勤めていた会社では、相手の姿が見えなくなるまで頭を下げて見送るべしという決まりがありました。エレベーターの前で見送るときはドアがぴっちり閉まるまでお辞儀をし、会社のビルを出て見送るときは、客人が遠くの角を曲がるまで深々と腰を折って見送りました。自分が見送られる側になったときは、背後で先輩方が直立不動のまま頭を下げ続けているのに恐縮し、スマホを取り出して次の目的地を確認したいところをぐっとこらえて、競歩の速度でその場を立ち去ったものです。

 このような“解散の儀式”を経ないと、我々日本人はその場がうまく締まらないような気がしてしまいます。いや、儀式なしだと締まりすぎてしまうというべきか。これにて解散、さようなら!とくるり背中を翻して別れるのは、不躾だし味気ない。それに、立ち去ってから後ろを振り向くと相手も同じタイミングで振り向いていた──なんてことが起こると、別れがたさを共有できているようで嬉しいものです。
 

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大井美紗子

大井美紗子

大井美紗子(おおい・みさこ)/ライター・翻訳業。1986年長野県生まれ。大阪大学文学部英米文学・英語学専攻卒業後、書籍編集者を経てフリーに。アメリカで約5年暮らし、最近、日本に帰国。娘、息子、夫と東京在住。ツイッター:@misakohi

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