早期発見が難しいがんを見つけ出す、意外な方法が注目されている。カギになるのは「尿」と「線虫(せんちゅう)」だ。
丸いシャーレの片端に、体長約1ミリの小さな虫がニョロニョロと大量にうごめいている。細い糸状の体を持つ「線虫」の一種で、その名も「シー・エレガンス(C.elegans)」。見かけによらぬ華麗な名前の持ち主だ。
シャーレの逆端に健康な人の尿を10倍に薄めて1滴垂らすと、線虫たちは尿を避けるように隅に動いていく。次に、がん患者の尿を同じように垂らすと、線虫はわらわらと近寄っていき、約30分後には大半が尿の近くに集まった。線虫が反応しているのは、尿のにおいだ。
尿が発するにおいに線虫が引かれて寄っていく「誘引行動」を利用し、がん患者を9割以上の正確さで見つけ出すことができる。線虫(nematode)にちなんで「n―nose」と名づけられたこのユニークながん診断法は2015年3月、米国のオンライン科学誌「PLOS ONE」に掲載され、国内外で注目を集めている。開発したのは九州大学大学院理学研究院の廣津崇亮助教(43)だ。
「線虫ってすごいんですよ。においをキャッチする受容体は、人間で約400種、犬は2倍の800種あるのに対し、線虫は3倍の1200種もあるといわれています。小さな体なのに、多様なにおいを嗅ぎ分ける鋭敏な嗅覚を持っているんです」
廣津さんは、東京大学理学部の学生時代、線虫の嗅覚を使ったにおいの研究を始めた。大学院修士課程を修了後はいったん就職したが、大学院に戻り再び線虫との付き合いが始まった。05年に九州大学大学院に移り、11年からは研究室を主宰して学生の研究も指導する。
「線虫の嗅覚機構を詳しく調べる基礎研究を地道に続けてきましたが、それを『がんのセンサー』として使おうという発想はありませんでした」
きっかけの一つは13年5月、がんの有無を嗅ぎ分ける「がん探知犬」の話を聞いたことだ。犬の鋭い嗅覚で呼気から患者を嗅ぎ分けるが、気温や湿度、犬の体調などによって精度にバラツキがあり、一日に5検体程度が限界。検査用の犬を育てるには、お金も労力も時間もかかる。