学内で行われる料理研究家による料理実演では、ガスコンロなど道具一式を持ち込む。学生たちは至近距離から、講師の手際に見入る(撮影/渡邊精二)
学内で行われる料理研究家による料理実演では、ガスコンロなど道具一式を持ち込む。学生たちは至近距離から、講師の手際に見入る(撮影/渡邊精二)

 九州大学(福岡市)で、正規の授業として行われる「自炊塾」が人気だ。定員の5倍の学生が殺到するほど、熱い視線を集めている。

 6月上旬の日曜日。福岡市内にあるクッキングスタジオに、九大の学生たちが集まった。この日は、自炊塾の調理実習だ。ゲスト講師の料理研究家・幾田淳子さんによる実習の献立は、親子丼、みそ汁、牛肉のしぐれ煮、ジャガイモのきんぴら、なめ茸、夏野菜の揚げ浸し。3時間の間に、男女8人のグループで作って食べて片づける。

 台所経験は、ほぼゼロか、あっても親を手伝ったことがある程度。つながったジャガイモの千切りを一本ずつ手でほぐしていたのは、理学部の栗屋奨之(しょうの)君(20)。受講前はまともに包丁を握ったことがなかった。この日は、かつお節削りに初挑戦した。

 自炊塾は1年生が対象で、男子16人、女子13人が受講している。担当するのは、比良松道一(ひらまつみちかず)助教(園芸学)。全15回の講義は、食費の分析、清涼飲料水に入っている砂糖の量など原材料の見方、だしや基本調味料の使い方など。レポートより自炊回数が重視される。なぜ受講したのか、聞いてみた。

「何もできない自分を変えたかったんです」と照れ笑いした農学部の植村涼(すずみ)さん(18)。高校の調理実習では、包丁でキュウリを切るのにさえ失敗。友人から「それ、上下逆さだよ」と指摘されるまで、包丁の背で切ろうとしていたことに気付かなかったという。

受験生時代、夜ご飯を毎日コンビニで買って太ったので、一人暮らしでは自炊したかった。でも、続ける自信がなかったので自炊塾を受けました」

 目立った動機は、「食費の節約」。「毎日買った物ではだらしがない気がした」「社会に出る前に身に着けたかった」「女子力アップ」などの声も。比良松助教は言う。

「定員の5倍が殺到したことより、単位取得は難しいと繰り返しても希望者が減らないことが驚きでした」

AERA 2013年7月29日号