人間としてのあり方や生き方を問いかけてきた作家・下重暁子氏の連載「ときめきは前ぶれもなく」。今回は、ただちゃ豆とともに今年の夏について振り返る。
【写真】総裁選に立候補した3人。だだちゃ豆の味がわかるのは誰?
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九月の初め、続々と秋の味覚が送られてくる。梨、りんご、栗きんとん等々楽しみが増える。中でも、八月末から盛りを迎えるのが、だだちゃ豆。
だだちゃ豆? ただの枝豆のことじゃないかとおっしゃる方には、その奥深さがわかっていないと申し上げたい。
だだちゃ豆は毎年品評会が行われている。審査員が食べ比べ、どこの畑のだだちゃ豆がその年の一位か二位か、産地で競い合う品評会が行われる。
庄内藩主だった酒井家の殿様は、献上される枝豆が大好物で、食するごとに「これはどこのだだちゃが作ったのか」とおたずねがあったという。
だだちゃとは庄内地方の方言で「お父さん」。お母さんは「ががちゃ」だ。
明治維新後も、ずっと今にいたるまで酒井家の当主は鶴岡に暮らしている。『蝉しぐれ』などの名作を遺した藤沢周平の故郷でもある。
私はたまたま酒井家の当代ご夫妻と仲よくしていることもあってだだちゃ豆を送っていただくことがあり、あのコクのある風味は、普通の枝豆にはないものである。
茶色い毛の生えた外観はいわゆる枝豆より野性味があり、その分味も渋い。
そのだだちゃ豆のとれる畑を見に行ったことがあった。最上川で船の案内人を務めるHさんに連れられて、まだ存命中であった斎藤茂太ご夫妻に、兼高かおるさんも一緒だった。
一面だだちゃ豆畑の彼方に月山がかすみ、とれたてのだだちゃ豆を農家でゆでてすぐいただいた。
最近は東京のスーパーでも売っているが、やはり食物はその場でというのが、味が一番よくわかる。
あっという間にみんなで皿を平らげ、ふと見るとだだちゃ豆をゆでた釜のそばに黒っぽいものがうずくまっている。この家の飼い猫だった。猫はおいしいものがあるのを知っている。
もらっただだちゃ豆を前脚で押さえて上手に食べているところをみると、いつも食べ馴れているのだろう。
今年もだだちゃ豆がHさんから送られてきた。