『黄色い家 (単行本)』川上未映子 中央公論新社
この記事の写真をすべて見る

 BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2024」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、川上未映子(かわかみ・みえこ)著『黄色い家』です。
******
 芥川賞や谷崎潤一郎賞など、これまでにも数々の受賞歴を持つ川上未映子さん。今回紹介する『黄色い家』も「本屋大賞2024」にノミネートされているほか、2024年2月に読売文学賞を受賞したばかりの作品です。

 物語は2020年春、惣菜店で働く「伊藤 花」があるニュース記事に目を留めるところから始まります。それは、監禁・傷害の罪に問われている「吉川黄美子」という女性の初公判が開かれたというものでした。それが昔一緒に数年間暮らしたことがある「黄美子さん」だと知った花は、大きなショックを受けます。長らく忘れていたけれど、花は若いころに20歳年上の黄美子さん、そして同年代の少女2人とともに、ひとつ屋根の下で疑似家族のように暮らしたことがあったのです。当時、花はみんなとの暮らしを死守するべく、カード詐欺の出し子という犯罪行為にまで手を染めるように......。黄美子さんはいったい何者なのか、なぜ親戚でもない女性4人が共同生活を送ることになったのか、なぜその関係性は壊れてしまったのか――。花の長い回想が描かれます。

 「親ガチャ」という言葉がありますが、それに当てはめれば花の親ガチャ度はかなり最悪と言えるかもしれません。スナックで働く母親とはいつもギリギリの生活で、住んでいるのは同級生からからかわれるほどボロボロの共同住宅。花は高校を卒業したら家を出て暮らそうとバイトに精を出していましたが、家の箱に大事に貯めてあった72万6000円を母親の元彼に盗まれてしまいます。「なんでそんな大金を銀行口座に貯金せず手元に置いておくの?」と驚いてしまいますが、それこそが普通の家庭で育った者の感覚なのだと気づかされます。花と母親の生活は「貯金どころか銀行口座もなく、光熱費なんかはいつも用紙や督促状が送られてきてからわたしが支払いを済ませているという感じで、わたしたちの人生のお金は、母親の財布と缶のふたつにしか存在しなかった」(同書より)のだから。

 親からの愛、そしてお金を渇望していた花が黄美子さんという存在に惹かれ、スナック「れもん」で一緒に働きながらお金を得ることにとてつもない充実感を抱いたのは自然なことだったのかもしれません。黄美子さん、そして自分の初めての友だちともいえる「蘭」と「桃子」との生活をただただ守るため、よりリスキーな仕事を引き受けるようになる花。犯罪に手を染めているというのに、そこには狂気にも近い純粋さがあり、その先に破滅しかないとわかりながらも、読者はその結末を見届けるしかありません。

 同書は1990年代がメインの舞台になっているのも秀逸。映画館で『タイタニック』を観たりカラオケでX JAPANの『紅』を歌ったりする描写があり、「ああ、そんな時代だったな」と花と同世代の読者は懐かしくなるとともに、そのころに花たちが存在している姿をありありと想像できます。ラストはふたたび現代へと戻り、ある人物と再会を果たす花。「わたしといこう」との花の呼びかけに対する返事は、寂しくはあるものの、きっとこれでよかったのだと思わせられる終着点になっているのではないでしょうか。

[文・鷺ノ宮やよい]