領土問題による日中関係の悪化は様々なところに影響を与え、それは中国で活躍する俳優にも及んだという。中国で成功してきた日本人は、いま何を感じているのか。

 彼の死亡説が中国版ツイッターを駆け巡ったのは9月28日だった。

「浩二、安らかに」

 などの書き込みが相次いだ。日本に帰国中だった俳優の矢野浩二(42)は慌てて、

「今、日本で撮影しているんだけど」

 と自身のブログに書き込み、噂を火消しした。

 矢野は中国で最も愛される日本人の一人だ。中国の映画やドラマで人間味溢れる日本人兵士役からヘンな中国人役まで演じ、視聴率1位のバラエティー番組にもレギュラー出演した。その矢野の死亡説は、尖閣諸島問題に端を発した日中関係の悪化を背景にした悪質ないたずらだった。

 9月半ばに日中関係悪化が深刻化すると、既に出演契約が決まっていたドラマからは出演見合わせの連絡が入った。矢野を起用することで検閲が通りにくくなるリスクを避けたいという判断だった。ゲスト出演予定だった日本での日中姉妹都市の交流シンポジウムも無期限延期になった。

「テレビでも映画でも現場では約70人の中国人の中で、僕はたった一人の日本人。いつだって日本人としてではなく、一人の俳優として仕事をしてきた。仕事を通して中国社会で信頼関係を築いてきたのに、政治のせいで仕事が止まるのは本当に悔しい」

 日本の報道では、デモや暴動の映像が繰り返し流され、「中国人は」とひとくくりに表現される。日本のメディアから取材を受けるたびに、国や政治より「人と人の交流が大事」と言葉を尽くしても取り上げられない。そもそも20億円で尖閣諸島を国有化して、何百億もの経済損失を生むことは合理的視点に欠けているとしか思えない、と矢野は言う。

AERA 2012年11月5日号