藤井輝明さん
藤井輝明さん

 今年5月、ひとりの男性が亡くなりました。藤井輝明さん、享年64歳。顔に大きな紫色のコブがあり、幼少期にいじめられた自らの経験を全国2500の学校で語ってきました。そんな藤井さんの死に「生前に再会を果たせず、深く後悔した」と語るのが、生まれつき顔にアザがある石井政之さん(56)です。二人はかつて、外見に症状がある人たちの差別の解決に取り組む活動を一緒にしていました。「藤井さんが笑顔を絶やさなかった意味は何だったのか」。石井さんが藤井さんを知る人たちに話を聞きながら、振り返ります。

ツイッターで知った同志の死

 今年5月、Twitterを通し、藤井さんの死を知った。

 藤井さんは医学博士として、本大や鳥取大などで後進の指導にあたるなど、その生涯を看護教育に捧げた人物だ。

 彼の業績は、それだけではない。顔面に海綿状血管腫と呼ばれる紫色のコブがあった。顔にアザやキズなどの目立つ症状のある「ユニークフェイス」の当事者だ。彼は、幼少期にいじめられた体験を、約2500の学校で語ってきたユニークフェイスの講演者でもあった。

 私もまた藤井さんと同様、顔面に単純性血管腫と呼ばれる赤アザがある。彼とともに、外見差別をなくすために活動をした時期がある。ここ20年ほど連絡を絶っていたが、彼の存在はいつも気になっていた。本稿は、一人の当事者が送った人生と、その功績について振り返るものだ。

 藤井さんの最後の職場は、岐阜聖徳学園大学だった。老年看護学を教える特任教授として昨年9月に赴任していた。死の状況について、同大学事務局がこう教えてくれた。

「藤井さんは岐阜市内にアパートを借りて暮らしていました。5月4日深夜、大学近くの用水路で倒れていたのが発見されました。死因は急性心不全。自転車を運転中に誤って転落して心不全となったのか、心不全になって水路に転落したのかは不明です」

 それは、周囲にとっても本人にとっても、突然の死だった。

丁寧な態度で振る舞う大柄の男性

 私と藤井さんの出会いは、30年前にさかのぼる。

 当時、私は20代半ば。フリーライターとして、顔面にアザのある当事者として、同じ境遇にある人たちの取材を進めていた。

 1990年代、インターネットが普及していない時期である。私は自分の顔のアザを指し示しながら、「同じようにアザのある当事者がいたら紹介して欲しい」と友人知人に声をかけていた。その中に、筑波の学生に顔に大きなコブがある人がいる、という情報があった。

 その人とは名古屋で会うことができた。それが藤井さんだ。筑波から名古屋大学大学院に来たばかりだった。

 藤井さんは大柄の身体を揺すって席を立ち、「お忙しいところ、わざわざありがとうございます」と深く頭を垂れた。女性的な高いトーンで話す人だ、という印象を持った。

 私の質問に対し、藤井さんはこう語った。

「地域でも学校でも、いじめにあったことがないんです。暴力をふるわれたこともありません」

 それは、意外な答えだった。

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46歳で語り始めたいじめ体験