『世界の性習俗 (角川新書)』杉岡 幸徳 KADOKAWA
『世界の性習俗 (角川新書)』杉岡 幸徳 KADOKAWA

 人間の3大欲求といえば「食欲・睡眠欲・性欲」。食欲・睡眠欲はまだしも、性欲について表立って話すことに抵抗を感じる人は少なくないだろう。とはいえ性欲も人(生き物)が生きていく上では非常に重要であり、日本のみならず世界に目を向ければさまざまな習慣や文化が受け継がれている。

 そんなデリケートな性にまつわる情報を集めたのが、今回ご紹介する杉岡幸徳氏の著書『世界の性習俗』(KADOKAWA)。愛・セックス・結婚などについてまとめられているが、実は「誘拐婚」や「神殿売春」といった世界に伝わる奇妙な風習に迫った1冊だ。インターネット時代において日本人が「極めて偏狭になっている」と危惧する杉岡氏は、「まえがき」の中で本書を以下のようにアピールした。

「世界の奇習を見つめることにより、私たちは何者なのかが見えてきます。そして、そのことは、私たちの世界をより愉快で豊かなものにしてくれるかもしれません」(本書より)

 「まえがき」に続く第一章「世界の奇妙な愛とセックス」は、「妻を旅人に貸し出す人々」が最初のテーマ。いきなり理解しがたい価値観だが、杉岡氏いわく旅行者が現地女性の「性的歓待」を受ける事例は古くから伝わっており、閉鎖的な村では外部から新しい血を入れられる利点があるそうだ。近親婚によって村内の血が濃くなってしまうことを防ぐという意味では、旅行者の性的歓待は意外と理に適っているのかもしれない。

 また、イヌイットの密かな遊びとして紹介されているのが、「灯りを消して」と呼ばれる「夫婦交換」の遊び。集まった男女が全裸になってから部屋の電気を消し、思い思いに移動してから近くの男女と交わるのだという。やはり現代の日本人からすれば信じられないような話ではあるものの、杉岡氏はイヌイットが暮らす環境を考慮した上で理解を示す。

「北極圏では冬には一日中太陽を見ない日もありますので、この程度の遊びがないと、とても退屈で生きていけなかったのでしょう。また、彼らには所有権という概念が薄かったため、自分のパートナーに対する独占欲もそれほどなかったと考えられます」(本書より)

 結婚にまつわる奇妙な性習俗としては、中央アジア・キルギスに伝わる「誘拐婚」のインパクトが大きい。日本でも「略奪婚」とはよく聞くフレーズだが、文字通り車に無理やり乗せて連れ去るというキルギスの誘拐婚はなんとも物騒だ。女性にとっては悲劇以外のなにものでもない。

 しかしさらわれた女性は男の家族から説得を受け、最終的に8割もの女性が受け入れてしまうそうだ。単に諦めるほか道がなかったのではないかと思うと女性の絶望感は計り知れないが、杉岡氏は要因の1つとして、長い監禁生活を経て犯人に共感・恋愛感情を抱く「ストックホルム症候群」の可能性を指摘。さらに驚くべき情報も紹介している。

「誘拐婚は、かつてはヨーロッパなどでも行われていました。女性たちが憧れる、結婚式での新郎によるお姫様抱っこ──あれも実は、誘拐婚の名残だと言われているのです」(本書より)

 もしも事実であれば、お姫様抱っこに抱くイメージがガラリと変わりそうだ。

 本書はタイトル通り、世界の性習俗を知ることができるが、もちろん日本も例外ではない。かつての日本には誘拐婚や宗教売春などが各地で見られ、夜這いに至っては高度成長期のころまで残っていたという。

 性習俗は国や地域によって千差万別。時代の変化とともに失われていく習慣があれば、今なお連綿と受け継がれる営みも世界にはまだまだ多い。性に対して興味を抱くことは決して悪いことではない。奇妙な風習の裏に隠された理屈を知れば価値観が変化することもあるだろう。しかし、奇妙な風習の被害者となった人々がいることも忘れてはならない。