『話せない私研究: 大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』潤野, 高木,アメ, モリナガ 合同出版
『話せない私研究: 大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』潤野, 高木,アメ, モリナガ 合同出版

 保育園・幼稚園・学校など社会的な場面で声が出せない「場面緘黙(ばめんかんもく)症」をご存知でしょうか? 文部科学省からの通知では、通級指導教室などの特別支援の対象であると記載があり、園や学校でも早い段階で治療につなげることが求められています。

 不安症に分類される場面緘黙症ですが、自宅など安心できる場所では声が出せるため、学校では「ただのおとなしい子」「内弁慶な子」とみなされる場合も多く、いまだに「成長と共に自然に治る」と誤解され、発達支援につながらないケースも多く存在します。

 今回紹介するコミックエッセイ『話せない私研究:大人になってわかった場面緘黙との付き合い方』の著者・モリナガアメさんも当事者の一人でした。学齢期に適切な治療を受けられず、症状を抱えたまま成長した日々を漫画にした本書は、2017年に刊行されて話題を集めた前作『かんもくって 何なの!?:しゃべれない日々を脱け出た私』の続編に当たります。

 本書では、社会生活を送る上で不利益なことが何年も続いたことや「自分でもどうしようもなくて苦しいのに理解されなくて周りにも迷惑をかけてしまう」(本書より)など、自力では回復が困難な状況が描かれています。

 モリナガさんは「普通にならなければ」という思いから、必要以上に自分を追い詰め続けていましたが、もともと絵を描くことが大好きだったことから、BL(ボーイズラブ)漫画の同人活動をスタート。やがて「普通にならなければと考えるのをやめる」「どんな結果でも漫画のネタになる」と肯定的に捉え直せるようになり、少しずつ本来の自分自身を取り戻していきます。

 その後、ある程度話せるようになったものの、過去の記憶が蘇るフラッシュバックや聴覚過敏に苦しんだため、思い切って医療機関を受診することを決意。その結果、モリナガさんには発達障害の一種であるADHD(注意欠如・多動症)傾向もあることがわかります。

 本書の解説を担当している長野大学社会福祉学部・高木潤野准教授も、正確な割合は不明としながらも「発達障害の中でも『自閉スペクトラム症(ASD)』の併存は多いことが知られています。最近では場面緘黙の人の6割以上に自閉スペクトラム症の併存があったという報告もあります」(本書より)と述べるように、実は近年、場面緘黙症であると同時に、自閉スペクトラム症(ASD)を併発している人々の存在が知られつつあります。

 慢性疾患の場合、小児科で治療中の患者が成人期を迎えた際に科を移行する「移行期医療」が難しいことが課題となっています。場面緘黙症や発達障害の場合でも同様の課題があり、成人した当事者がかかれる医療機関が少ないため、本書でも病院探しに苦慮するさまが描かれています。

 現在でも適切な医療機関にアクセスできない当事者は多く、モリナガさんのもとにも、前作発表直後から「今も話せず悩んでいます。どうすればいいですか?」と相談が多数寄せられたそうです。場面緘黙症に囚われた半生を振り返り、成人してから直面した医療の現状に触れつつも、自身を突き放し冷徹な視点で描き切った本書は、成人当事者の課題感を社会的に訴えるための最適な1冊と言えるでしょう。

※表記につきまして

近年、医学用語が変わり、書籍やメディアによって双方混在していますが、

旧:自閉症スペクトラム障害(ASD)

新:自閉スペクトラム症(ASD)

となっています。この原稿では本書の表記に従い、新しい用語に統一しています。

[文・山口幸映]