『昭和のヤバいヤクザ (講談社+α文庫)』鈴木 智彦 講談社
『昭和のヤバいヤクザ (講談社+α文庫)』鈴木 智彦 講談社

 "ヤクザ"といえば、あなたはまず何を思い浮かべるだろうか? 常識の通用しない荒くれ者? それとも一本筋の通った"侠(おとこ)"? 『昭和のヤバいヤクザ』では1000人以上のアウトローに会い続けてきた著者・鈴木智彦氏が、昭和の傑物たちを描き出している。

 ぐだぐだと前置きするのも男らしくないので、さっそく同書で紹介されている傑物たちを紹介していこう。

 渋谷を拠点とした安藤組・安藤 昇氏は、時代の最先端をいくヤクザだった。組の解散後は俳優になるなど、型破りな人生を送った安藤氏。映画『血と掟』で主演を務め、死後開かれた「お別れの会」の発起人には俳優の梅宮辰夫氏や岩城滉一氏も名を連ねている。

 安藤組はとにかく特殊な組で、「組長」や「親分」という呼称は禁止。指詰めや刺青も厳禁となっており、来るものは拒まないが去る者は追わず。何からも縛られない、歴史上類をみないヤクザ組織だった。

 安藤氏は生前のインタビューで、組と自身の生き様について以下のように語っている。

「安藤組には規制はなかった。そんなの当たり前のことだ。来たいヤツは来ればいいし、嫌なら去っていけばいい。ただ、嘘をつかず、歯から先に出た言葉には責任を持つ。それでずっと通してみな。花咲くことがきっとあるから。だが人生を嘘で塗り固めていると、やっぱり駄目なんだ。不思議なもんだよ」(同書より)

 安藤組には個人的に紹介したい男がもう1人。白いスーツ、スカーフェイス、そして"ステゴロ最強"といえば誰を思い浮かべるだろう。私は間違いなく『刃牙』シリーズの花山薫を思い浮かべる。しかし安藤組には、花山と全く同じ特徴を持った男が。それもそのはず、安藤組大幹部・花形 敬氏こそ、花山のモデルと言われている人物だ。

 "花形の名を聞いて震え上がらなかったヤクザはいない"と言われる傑物だが、その心根は意外と繊細だったそうだ。組長代行を務めた際は一転して穏健派となり、過去の事件の報復を受けて殺害されている。

 人の上に立つ器量はなかった花形氏。しかし鈴木氏が花形氏に向けた

「どれだけマイナスポイントがあっても関係などない。強い男はそれだけで充分魅力的じゃないか」(同書より)

 という言葉に、私としては大いに同意したい。

 まごうことなき"男社会"であるヤクザだが、どんな社会にも女傑と呼ぶべき女性は存在する。映画『仁義なき戦い』シリーズのモデルである広島抗争で、重要な役割を担った小原組の組長・小原 馨氏。彼の内妻・清水光子氏は、まさに女傑というべき人物だった。

 性格はとにかく剛毅で、思い込んだら止まらない。夫の片腕を切り落とした相手を隙をついて殺そうとするなど、気性の荒さはピカイチ。ヤクザは女性を"愛しきもの"として尊重するが対等だとは考えないため、彼女のような人間は例外中の例外なのだそうだ。

 彼女には夫の死後、組を継ぐために卵巣を摘出したというエピソードも。夫の仇を先頭に立って討つには自身が組長になるしかないと、

「わしゃぁ男になるんじゃ」(同書より)

 と"女性"を捨てたのだ。その覚悟には天晴としか言いようがない。

 そんな彼女の夫・小原氏の腕を切り落としたのは、「悪魔のキューピー」の異名を持つ土岡組幹部・大西政寛氏。『仁義なき戦い』シリーズでは彼をモデルにした若杉 寛を、梅宮辰夫氏が演じている。

 作中では"イイ男"として描かれている大西氏。しかし実際は、"呉でもっともヤバいヤクザ"と言われた凶暴な男だった。華奢な体躯でベビーフェイスなうえ物腰も静かだったという大西氏だが、その暴力的な凶暴性で「殺しても何も感じない」という境地に......。ヤクザ社会でも現代社会と同様、「ヤバそうでない人間のほうが実はヤバい」という場合が多々あったのだろう。

 最後に紹介するのは、日本最大規模の暴力団である山口組に真正面から歯向かった男・鳴海 清氏。「強いものには弱く、弱いものには強い」というヤクザの本質に逆らった、ヤクザたちの"憧れ"ともいえる人物だ。

 鳴海氏は自身の親分・吉田芳弘氏の仇討ちとして、山口組3代目である田岡一雄氏に特攻。田岡氏は一命を取り留めるものの、自分たちの神的存在である組長を襲撃された山口組は激怒する。結果として鳴海は激しい拷問を受けた末に腐乱死体で見つかるのだが、この鳴海の行動により「鳴海のようなヤクザになりたい」と渡世入りした人間は多かったそうだ。サラリーマンと同じ本質を持つヤクザの中で、鳴海氏はまさに私たちが偶像化したヤクザそのものだった。

 命を顧みず、鮮烈な生き方を貫いた"昭和のヤクザ"たち。彼らの人生から学ぶことはないかも知れないが、ただ私たちには真似できない躍動感があることだけは確かだろう。