BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2018」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは塩田武士著『騙し絵の牙』です。

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 本書は「本屋大賞2017」で、グリコ・森永事件をテーマにした『罪の声』がノミネートされた著者による新作。今回は俳優・大泉洋をモチーフに主人公をあらかじめ設定し、出版業界を舞台に不況にあえぐ業界内の実情を描いた社会派小説です

 主人公の速水輝也(はやみてるや)は、出版大手の薫風社に勤めるカルチャー誌『トリニティ』の編集長。文芸部で小説を担当していた過去を持つ速水は、漫画が小説といった連載を取り入れるなどの工夫で、なんとか実買率をクリアしていたものの赤字続きでした

 不採算部門を整理する社の方針から、ついに編集局長に「ここ半年が勝負や」と廃刊をほのめかされます。「何があっても俺の雑誌を守ってみせる」と意気込み、黒字化を実現させるべく速水は奔走します。例えば、メーカーの広告記事企画で、部下がやらかした中堅の男性作家への失態に、速水の"ある決死"の行動で事なきを得るシーンは必読です。

 そんな矢先、かつて速水が担当していた文芸誌『小説薫風』の廃刊が決定。連載作家の食い扶持が減ることになり、心を痛める速水。これを契機に速水に幾多の試練が襲いかかり、ついに決定的な事件が起きてしまい......。

 モチーフとなった大泉の生き写しのような速水の人物設定も本書の魅力の一つです。ゆるいパーマをかけたヘアスタイル、後輩へのいじり、寒いジョーク、下ネタと思わせないユーモアあふれる切り返し、執筆環境を整えてあげたいという作家想いの人情味あふる姿など、大泉を思わせる描写が盛りだくさん。人間味あふれコミカル、三枚目だけどかっこいい。速水はそんな大泉像にズバリ当てはまる人物です。

 作中、特に印象的なのは、"なぜ編集者になったのか"という速水の自問。とにかく彼は出版物のために、常軌を逸したレベルで全身全霊を捧げているのです。そうした描写は物語の随所で見られます。なぜ彼はこれほどまで、出版物を世に送り出すことにこだわりをみせるのでしょうか? ラスト20ページですべての謎が明らかになります。

 出版業界の置かれている実情をはじめ、業界用語の解説や流通、収益の仕組みに至るまで事細かに描かれている本書。そして、編集者の情熱や喜びがひしひしと伝わってくるのは言うまでもありません。

 大泉ファンはもちろん、出版業界を志望する就活生、業界の内情を垣間見たい小説ファンにもおすすめできる一冊です。あなたも速水の出版物への愛を感じてみませんか?