BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2018」ノミネート全10作の紹介。今回、取り上げるのは伊坂幸太郎著『AX』です。

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 本書は伊坂幸太郎による『グラスホッパー』『マリアビートル』に続く「殺し屋シリーズ」第3弾。妻に頭が上がらない世のお父さん方も多いと思いますが、一見して"怖い"イメージを持つ殺し屋もまた"恐妻家"というユニークな設定で、家族を想う姿に心が温まる一冊です。

 主人公の兜は普段は文具メーカーの営業部で働く40代半ばのサラリーマン。裏の顔は、業界ではその名が知れ渡った超一流の殺し屋ですが、妻への配慮を怠らない彼の様子に、高校生の息子・克己からは「よくそんなにペコペコできるよな」とあきれられるほど。

 例えば、夕食がとんかつと決まっていたのに、「そうめんでもいいかな?」と妻に突然の変更を言い渡された兜。パン粉を買いに行こうかと自ら名乗り出ており、とんかつを食べる気満々。ここは「とんかつを食べたい」と主張すべきですが、それは"アマチュア"だというのです。ベストな回答は「俺も、そうめんくらいのがいいように思っていたところなんだ」。

 さらに深夜に帰宅時に妻が起きぬように音が立たない食品を雄弁に語ります。兜曰く、カップラーメン、おにぎり、バナナなどどれもNGで、"ある食べ物"が最適だというのです。しかも、息子の進路相談と殺し屋の依頼を天秤にかけるくらい子煩悩な性格。とにかく家族のことを第一に考えている良いお父さんなのです。

 そんな兜ですが、そこは殺し屋。表向きは病院の医師が「新しい手術」を紹介する形で、カルテにターゲットの情報が書かれており、"仕事"を遂行していきます。当然、家族には秘密を貫いてきましたが、息子の克己が生まれてからは引退を模索し、「仕事を辞めるために、その仕事で金を稼ぐ」という状態。引退には多額のお金が必要だというのです。兜は仕事を順調にこなしていくも、思わぬ襲撃を受けて......。

 時は流れ、克巳が社会人に成長したある日、母の住む実家に行くと、10年前に兜に救われたと話す男が、兜が落とした診察券を届けにやってきます。克己がその病院を訪れて医師と会ったことで、物語は急転していきます。果たして克己を待ち受けるものとは? そして、なぜこれほどまでに兜は妻を労い頭が上がらないのか? 

 殺し屋の日常と非日常のギャップに噴き出しながら、その理由を自らの目で確かめてみてはいかがでしょうか。きっと読み終えた後で家族に会いたくなるはずです。