子どもの言語習得や読解力の育成はもちろん、親と子のコミュニケーションにおいて重要な役割を果たしているという絵本の読み聞かせ。

 しかし、「ワンオペ育児」といった言葉も囁かれる日本社会。家庭でのその担い手は、お母さんということが比較的多いものかもしれません。一方、仕事などでそもそも子どもといる時間自体が少ないお父さん。絵本を通じた子供とのコミュニケーションに対してついつい及び腰になっていることもあるのではないでしょうか。

 そんなお父さんたちにこそ、まさにおすすめの絵本がこの夏出版されました。その名は、映画化もされた『あらしのよるに』(講談社)で知られる童話作家のきむらゆういちさんと画家・絵本作家の竹内通雅さんによる絵本『あいたくなっちまったよ』(ポプラ社)。ねずみの父子と、彼らの前に立ちはだかるやまねこの心の動きを、繊細で優しい言葉と、大胆な構図と迫力満点の絵で描いた一冊です。

 "お父さん絵本の新定番"と称され、注目されている同書。その刊行記念イベントが9月9日、下北沢の本屋B&Bで開催されました。出演はきむらさん、そしてゲストとして竹内さんが登場。著者のお二人による製作秘話が直接聞けるとあって、会場はファンや、物語や絵を学ぶ人、そして小さなお子さん連れのご家族と、大人も子どもも入り混じっての大盛況となりました。

 冒頭では、きむらさんによる同書の読み聞かせを実施。「実は、絵本の読み聞かせは苦手なんです。BGMがあればなんとかできるようになってきましたが、今回はBGMがないそうでとっても緊張しています」と謙遜されながらも、一つひとつの言葉を丁寧に読み上げていくきむらさん。見るからに弱そうなよれよれのお父さんねずみの気持ちになりきった声には、来場者がドッと笑う一幕も。そして、怯えながらも息子を守ろうとするお父さんねずみにやまねこの感情が揺り動かされる場面では、会場中が集中して聞き入っていました。

 きむらさんは、「私は10歳のときに父を亡くしていて、子どもを持ったときに父親像を模索して悩んだこともありました。でも、どんなお父さんであっても子どもにとってはスーパースター。本当は情けなくて自信がないことだってたくさんあるのだけれど、子どもの前では父親として精一杯意地をはるんです」と話します。「やまねこは、自分も同じ"父親"であることやかわいい子どものことを思い出して、嘘のお芝居をしてねずみを見逃します。お父さんとしての尊厳を守ってあげるんですね、さりげなく」とも。

 一番最初にきむらさんが書いた物語を受け取った竹内さん。一読して、「これはすごい絵本になる」という予感にうち震えたのだそう。そして、きむらさんならではの行間を読ませる筆致に絵で応えるかのように、何度も何度も色を塗り重ねて、濃密に書き込んでいったのだとか。特に、竹内さん渾身のやまねこの目に映るものの変化の描写は必見です。

「誰もが人生で一度はスーパースターでいられるときがある。そしてそういう人生における"優しさ"を今後もさりげなく伝えていきたい」と話すきむらさん。子どもとのコミュニケーションに苦手意識を持っているお父さんも、大人の優しさにあふれる同書を頼りに、世界でたった一人のヒーローとして絵本を読み聞かせしてみてはいかがでしょうか?

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